スライムの正体

「「「え?」」」


 スライムに襲われていた少女、俺の案内人サラ、そして俺自身が間抜けな声を出した。というのも、俺が放った魔法でスライムが爆死したからだ。

 いやさ。普通、溶けて消えたり光の粒子になって消えたりすると思うじゃん?!なんで爆発するんだよ!!


 ああ、少女がベトベトに塗れてるよ。洗ってあげないと可哀そうだ……



「た、助かりました! 本当にありがとうございます、勇者様!」


「あ、ああ。だが、服を汚してしまったのは申し訳ない。まさか爆発するとは思ってなくて……」


「そうですよ! 本当にびっくりしました! あのスライムを爆発させるなんて、凄すぎます!」


 少女は全力でお礼を言って来た。スライムを目の前で爆発させたことに怒って無くて良かった。だが、俺を見る目が「感謝」や「尊敬」ではなく「崇拝」のようであるのは気のせいか?気のせいと思っておこう。



「ま、まさか勇者様のお力がここまでとは……」


 先ほどから俺を敬っていたサラはというと、現状を理解するのに必死なようだった。



 さて、ずっと引っかかっていた疑問を解消しようと思う。



 俺の魔法『抗粘物質魔法』についてだ。今回使った呪文『ベンジルペニシリン』は地球でも存在していた抗生物質の一種だ。アオカビから抽出する事が出来る天然の化学物質であり、人間にとっては(ほぼ)無害なのに、細菌にとっては強力な毒なのだ。

 何故細菌に対してのみ、毒になるのか。それは細胞の構造に着目する必要がある。

 ヒトの細胞は脂質二重膜という膜で覆われている。簡単に言えば油の膜だ。それに対して、細菌の細胞は脂質二重膜に加えて『細胞壁』という構造も持っている。

 ここで、ベンジルペニシリンを含む『βラクタム系』に分類される抗生物質は細胞壁の合成を抑える役割がある。ヒトはそもそも細胞壁を作らないのだから問題ない。だが、細胞壁で身を守りつつ生活している細菌にとって、細胞壁を作れないのは死に直結する。


 なんでこんな事を知っているのかって? ついさっきまでテストを受けていたからだよ!



 スライムの残骸に目を向ける。もしかしなくても、彼らは巨大化した細菌なのか……?


 確かめる術は……あるな。俺がこの世界に来た時に貰ったスキル『鑑定』を使ってみよう。



 スライムの残骸に向けて、鑑定スキルを発動してみる。

「『エグザミン』」


 一瞬視界がホワイトアウトする。まぶしいと感じて目を閉じるよりも先に、視界が元通りに戻り、目の前にはステータス画面によく似た物が浮かんでいた。



鑑定結果:Streptococcus pyogenesの残骸



 まじかよ……。



「なあ、サラ。少し聞きたいことがあるのだがいいか?」


「いやでも……爆発って……。おかしいだろ……。どんなに鋭い刃でも傷つける事が出来ないのに……」


「……返事出来なさそうだな。なあ、そこの君!」


「はい、勇者様! あ、私の名前はシャルローゼって言います! シャルって呼んで下さい!」


「シャルね。分かった。で、シャル。さっきのスライムについて聞きたいことがあるんだけど、いいか?」


「はい! 私にお答えできる事なら何でも!」


「こいつって胞子を吐くんだよね?」


「はい。一般的にスライムは胞子を吐きます」


「それを浴びたら、首のあたりが腫れたりする? その後、体中が真っ赤になったり……」


「はい、そうですね。この蛇っぽい見た目のスライムの胞子はそう言う毒性がある層です。あと、稀にですが、急死する事もあります。もしかして、勇者様が元々おられた世界にも、スライムがいるのですか?」


「ああ、まあ。もっと小さいけどな」


「そうなんですね」


 確定だな……。こいつの正体はA群β溶結性連鎖球菌だ……。



 Streptococcus pyogenes(A群β溶結性連鎖球菌)は、一般的には溶連菌と呼ばれている菌だ。

 初期症状は、主に炎症が見られ咽頭炎・扁桃炎・皮膚炎(とびひ)がみられる。

 適切な治療を行わないと、猩紅熱や腎臓の障害に発展する恐れがある。

 また、稀にだが急速に多くの臓器が機能しなくなる症例もある。人食いバクテリアと呼ばれることもある恐怖の疾患だ。


 言われてみれば、このスライムの見た目は『紫色の球体が数珠つなぎになっている』である。この特徴もレンサ球菌によく似ている。菌体が繋がっているから連鎖・・球菌って名前なのだ。



「ところでさ。弱いスライムは紫色って聞いたけど」


「そうですね。紫色のスライムは比較的弱いです。弱いって言っても、普通の人では倒せませんけど……」


「もしかして、強いスライムは赤色だったりする?」


「そうですね」



 うーむ。もしかしなくても、色はグラム染色像を示している?

 グラム染色を一言で言うと、細菌を観察する方法だ。細菌は無色透明なので、色を付けてやらないと、顕微鏡で観察できない。

 ここで、『良く染まる菌(紫色になる)』と『染まりにくい菌(赤色になる)』というのがある。この『良く染まる菌』を『グラム陽性菌』と呼び、『染まりにくい菌』を『グラム陰性菌』と呼ぶ。


 詳しくは語らないが、グラム陽性菌の方が『弱い』傾向にある。『弱い』と言っても、毒性が弱いのではなく、『ペニシリン系で倒す事が出来る』という意味だ。

 グラム陽性菌=ペニシリン系に弱い。紫に染まった=ペニシリン系に弱い。

 これ重要。今日のテストでも出題された。


 さて、弱いスライムと分類されるスライムは紫色で、強いスライムと分類されるスライムが赤色。これは偶然の一致なのだろうか?

 いや、そんな事はないだろう。この世界のスライムは、細菌だ……!



 その後、再起動したサラと今後の課題について話す事にした。


「勇者様のスキルを使えば、スライムを絶滅させることも可能なのではないでしょうか?」


「それは現時点では不可能だ。俺の現時点の能力は赤色のスライムには通じないと思う」


「そうですか……! そういえば、勇者が持つスキルは大器晩成型であり、弱いと思われていたスキルが将来的に化ける事があると聞いたことがあります。もしかして、『現時点』と言ったのは……?」


「ああ。俺のスキルにもレベルの概念があるみたいだ。そう言う訳で、今後も敵を駆逐していこうと思う」


「分かりました。勇者様のご成長とご活躍、傍で見させて頂きます!」


「え? ついて来るの?」


「そのつもりですが……足手まといでしょうか?」


「ああ、いや。一人で旅するものとばかり思ってたから。サポートしてくれる人がいたらすごく助かる」


「はい!」



 とその時。シャルがおずおずと手を挙げて

「あの! 私にもお手伝いできることはないでしょうか?」

 と尋ねてきた。


「うーん……」

 この少女を危険な旅に連れて行くのは如何なものか……。


「駄目……ですか? 私、薬学の知識があるので、魔力回復薬とかの製作を出来ると思います」


「魔力回復薬?」


「はい。魔法の発動には体内の魔力を消費します。それが減ると、徐々に体調が悪化して、最終的には動けなくなります」


「なるほど。スタミナみないな感じかな?」


「そうですね」


「なるほどな……。じゃあ、可能なら魔力回復薬を大量に作って俺に流してくれないか? 流石に、危険な旅に同行させるかどうかは、この場で即断出来る事じゃない」


「分かりました! 精一杯、最高品質の物を作らせて頂きますね!!」



 こうして、今後の目標と、それをサポートする仲間が出来た。






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