第4話 我が家で餃子。
豚ひき肉に少量の牛ひき肉。そしてキャベツとニラが基本の材料だ。キャベツは湯掻いて刻み、絞っておく。材料を混ぜたところに調味料とともに大量のニンニクみじん切り投入。実に標準量の三倍である。午前中に作っておいたこのあんは既に冷蔵庫で寝かせておいた。
餃子の皮を傷つけずに一枚だけするりとめくり、薬指につけた小麦粉ののりで皮につるりと円を描く。カレースプーンで寸分たがわぬ適量をすくい、皮の中央にドロップイン。投げ込むようにあんの山にスプーンを落としたあとは、あやとりのような指で皮を手繰り、三つほどのヒダを作って瞬く間に餃子の完成だ。この間十五秒。わが事ながら神業。
……などと自分を誇っていられない、今の状況である。
一人で餃子を包む私。
それを所在無げにダイニングテーブルから見つめる高橋……改めユウタ。
そして、私たち二人をリビングから遠巻きに眺めてニヤニヤしている、母と妹。
「サキ、あんた友達と遊びに行くって言ってたよね? なんでここに居るの」
「いやー、お母さんに聞いたら姉ちゃんが彼氏連れてくるっていうじゃない? そんなの聞いたら放っとけないじゃん? 友達からも『頑張って観察して来い』って応援された」
「ニヤニヤしながら言うな! てか友達もロクな奴らじゃないな!」
「ほらほらマリ、気散らしてたらまた餃子つぶれるよ? ほらヒダが歪んでる」
「ちょっとお母さんまで! ただでさえいつもよりテンパってるのに多方面から弄らないで!」
ユウタに耳打ちした「もっと美味しい餃子」、つまりは我が家の餃子である。
ユウタを家に招き、我が家の餃子をふるまうことになったのだが、母の鶴の一声により振舞うのは「最初から最後まで私の作った餃子」ということになった。
母は仕方ないにしても、せめて妹のサキは居ない状態でユウタを迎えたい。と思っていたのだが。
この状況である。
唯一の救いは、戸惑いながらも幸せそうな笑みを浮かべてくれているユウタの存在だ。
我が家の餃子を焼くのはほぼ初めてだ。母に手ほどきを受ける。
「まずフライパンに油を敷いて、餃子を並べる。隙間開けないようにね。コンロの火をつけて」
ユウタの前でいい格好をしたい気持ちはあるが、まずは基本を覚える必要がある。「あんた今まで私がやってたの見てたでしょ」と軽く流されるのを何とかなだめすかして母の指導を乞うているのだ。
「パチパチ音が出始めたら水を半カップ」
計量カップで水を流し込む。
「はいフタして。これで音が変わったらフタを取って、水分飛ばして完成ね」
ふう、ようやく一息。母の言うがままに焼いているので、自分で作った気がしない。
「姉ちゃん、どんな気分? 彼氏へ初めての手料理がこんな目の前で教えられるままにやってるだけなのってどんな気分?」
「うっさい! サキ、あんたの時覚えてろ!」
「いいもーん、私は姉ちゃんみたいにぶっつけ本番なんてやらないもーん。前もって準備するもーん」
「ああああ!! うるさい!」
一息ついていたはずが、妹の弄りで頭に血が上ってしまう。……その時。
「ねえ、マリ」
「何、お母さん!?」
怒気交じりに応えると。
「フライパン焦げてるよ」
フタを外さないままのフライパンの中で、いつの間にか水分が飛び切った餃子たちが、見事なきつね色……いや、焦げの交じったたぬき色へと変貌していた。
「ユウタ、それ食べなくて良いから」
二回目以降の餃子焼きはきれいに完成。見事なきつね色に仕上がった。なのにユウタは最初に焼いたたぬき色の餃子ばかり食べている。
「いや、だってこれ美味いし」
嬉しそうに食べてくれるユウタを見ると私も嬉しい。けれど。
「こんなに焦げてるじゃない。美味しいわけないよ」
「いや、俺はこれくらい香ばしい方が好きなんだよ。それに……」
語尾急にもごもごした話し方になるユウタ。
「何なのよ。はっきり言いなよ」
「……初めて作ってくれたものが嬉しくないわけないじゃん」
……急にそんなことを顔真っ赤にしながら言わんでも。と心の中で突っ込んでいる自分の顔も熱くなっている。
「ねえマリ。仕上げに油多めにかけてみたら? いい感じに色付くと思うよ」
やめてよお母さん。ニヤニヤしながらのこのタイミングでのコメントは何やっても弄りにしか感じられないから。
「今度からそうする」
心の中の言葉と口に出した言葉、どっちがどっちなのか自分でもよく分からなくなってしまった。
その後、二人で日常的に餃子を始めとしたニンニク料理やニラ料理を食べ歩いたり自分で作ったりしているうちに。
体に染みついたニンニク臭により、友人から「くさいカップル」という有り難くない称号を付けられたのは別の話である。
ニンニクカノジョ 芒来 仁 @JIN
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます