第3話 喧嘩と梅雨空、そして餃子。
梅雨空の下、大学から最寄り駅に一人向かう。
いつもなら高橋と一緒なのだが、今日はさすがに気まずい。
昨日の帰りの大喧嘩。そこから顔を合わせ辛いのだ。さっきも一般教養の講義で一緒だったが、微妙に離れた席で受講した。
喧嘩の原因は、何だったかも分からないくらいのすれ違い。
けど、根本的な原因は分かっている。
私の嘘だ。
最初に嘘をついた。ニンニク臭をごまかしたくて「歯を磨いていないから」と。今思うとどっちにしたってイメージが良くない、意味のない嘘だった。
その後もニンニク臭を敬遠して、家での餃子もニラニンニク抜きにしてもらったりする一方で。
大学で出来た友達とご飯を食べに行くときも、ニンニクを避けるようになった。どうしても最初についた嘘が心のしこりになっていて、ニンニクの話題が出たときに嫌な顔をしてしまうのだ。
高橋はその一瞬の表情を見て、私を気遣う。デートと称してグループから抜け出す。
普通の気遣いなら私も喜んで受ける。けど、これは私の嘘から出た、無理な気遣いだ。二人きりになっても私の機嫌は良くない。誰もフォローしてくれない状況で二人がぶつかり合う。
そんな細かい不満が溜まりに溜まって、結局大喧嘩したのだ。
悪いのは明らかに私だ。気持ちをさらけ出さなかった私の罪だ。
けど、今さらどうやってこれを取り繕うのか。
差す傘に降る雨が強くなり、バラバラと音を立てている。
雨に全部流されてしまいたい。そんなことを思いながら、学生街をとぼとぼと歩いた。
周りをろくに見ないで人の流れに合わせて歩いていたからだろうか、いつもと違うルートを進んでいるようだ。見慣れない店が視界に入った。
『餃子の敦煌』。確かこの前、友達がみんなで行こうと言っていた店だ。大学の近所で有名な店らしい。進学後にニンニクを避けていた私には縁のなかった店だ。
何となく入ってみる。うちの学生らしい、それもほぼ男性が客のほとんどを占めている。夕食時ではないのでそこそこ席が空いている。四人掛けのテーブルにつく。
周りの雰囲気を見るに、ひとりで数人前頼むのがこの店の常道らしい。一人で十人分くらいの山盛り餃子と格闘している男がいるが、さすがにそこまで真似るのは無理だ。二人前を注文する。
大ぶりの餃子が十四個、一食用の皿に無理やり乗って運ばれてきた。「はいお待ちどお」ガツンと置かれた皿の上の餃子はきつね色に輝いている。油多めで揚げ焼きになっているか、仕上げに油が掛けられているんだろう。
ひとつを箸でつまみ、まずはタレを付けずにそのまま食べる。カリカリの皮を噛み切ると、中から肉汁があふれ出る。そしてニンニクとニラの味、香り。
美味しい。久しぶりのニンニク。
この美味しいニンニクをわざわざ断ち、それで高橋との関係がこじれたのだ。お笑い種だ。
餃子を含んだ口から、くっくっく、と声がこみ上げる。それが笑い声なのか泣き声なのか、自分でもよく分からない。
隣の席に客が座った。他にも空いてる席があるのに何で……と隣に目をやる。
高橋だ。
「講義のあと話そうと思ってたんだけど、お前行っちゃうしさ。追っかけてきた」
聞かれるまでもなく経緯を話し始める。
「ニンニクとか嫌いだと思ってたのにこの店に入るからさ。俺も入るかどうかちょっと悩んでた」
私が食べ始めるまで店の中を覗き込んでたのか。
「別に……ニンニク嫌いじゃないもん。むしろ好きだもん。ていうかニンニク嫌いな女子なんていない」
「それはさすがに言いすぎだろ」
あ、高橋ちょっと笑った。いい顔。そう思うと私も笑顔になった。
「ごめん、言い過ぎた」
「俺の方こそごめん。なんか変なこだわりみたいなので怒っちゃった」
「ううん。元はと言えば私が変な噓ついたのが始まりだから」
卒業式の日、告白された時にニンニク臭を気にしてキスを避けた話をすると、高橋は声を殺しながらも机に突っ伏して笑う。
「ちょ、そこまで笑う!?」
「だってさぁ……恥ずかしがり方か可愛いんだもん」
唐突に可愛いと言われた。一気に顔が紅潮する。けど、おかげで仲直りが出来たと思う。これまでの軌道修正も。
店員さんが物珍しそうにこちらをチラチラ見てるのは気になるけど。この店ではそんなに珍しいのか、カップルの会話が。……うん、珍しいだろうな。
「これからはそういう嘘は無しで行こうな。お互い」
「うん」
「で、ここの餃子はどう? 美味しい?」
「うーん、美味しいんだけど……」
ちょっと考えて、高橋に耳打ちする。
「もっと美味しい餃子、知ってるよ」
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