第2話 卒業式の夜。

 ほどなくして完成した大量の餃子は母の手によりフライパンで数回に分けて焼かれ、きれいな羽根つきに仕上がって大皿に盛られて夕食に饗された。

 ビールを飲みながら餃子を頬張る母と父が一番この状況を楽しんでいる。どうやら軽く酔って昔話に花を咲かせているらしい。結婚の話がトントン拍子に進んで結局プロポーズの言葉が無かったとかどうとか、母が愚痴って父がなだめる。小学生の頃から何度となく聞かされている話だ。

 酔っぱらいの話に付き合いきれない私たちは、飼い犬動画のテレビ番組を見るでもなくぼんやりと流し見していた。その時。

 私のスマホが鳴った。クラスメイトの高橋ユウタからだ。

『よ……よぉ、高木』

「あ、高橋お疲れー。卒業式の後遊んでたんだよね。私も行けば良かったかなー」

『ああ、そうなんだけど……今から出られるか?』

「うーんどうだろうな……」

 酔ってる親の代わりに食事の後片付けもあるしなあ、と思っていると。

 隣で妹がニヤニヤと意味ありげな笑みを浮かべている。

「……何よ」

「後片付けは私がやっとくから。姉ちゃん行ってきなよ」

「だから何よ急に気持ち悪い。いつも片付けなんて面倒くさがるくせに」

「まあ卒業祝いだと思って。ほい行ってらっしゃい」

 半ば妹に押し切られる形で、私は呼び出された夜の公園に向かうことになった。


 少し風が強い。桜には少し早いけど、咲いていたらこの風の中で花びらが散っていただろうか。一応コートを羽織っているが、手袋も持ってきた方が良かったかも知れない。

 などと他のことを考えて気を散らそうとしているが、実際頭の中はひとつのことでパンパンになっていた。

 この呼び出しって……そういうことだよね……?

 高橋ユウタ。高校入学の頃からの友達の一人だ。

 小中学校の校区は違うので知らなかったが、家もわりと近所。なので高校からの下校の方向も同じ。

 とにかくいい奴で、他の女子にも高橋を狙う子は多かった。そんな他の女子との軋轢が嫌で、私自身そういう恋愛脳は封じてきた……つもり、なんだけど……。

 高橋は興味のある学科があるとかで、友達の多くが行くのとは別の大学を志望、合格を決めた。

 「私もその学校狙ってたんだー」などと嘯きながら、同じ大学の別学部に入学を決めた私。結果、高校の友達の中では私たちだけがその大学に通うことになっている。

 私なりに望みを繋ぐために大学を選んだ感はある。けど、そんな望みは端から無かったと思い込んでいた。

 そして今。

 夜の公園に呼び出し。

 家を出る時点では、そんな発想など微塵も無かった。道すがら色々考えを巡らせているうちにようやくそれに気付いた、自分の鈍感さに嫌気がさす。

 つまり、そういうこと?

 その言葉だけが頭の中をぐるぐる回り、回り続けたまま歩みを進めていつの間にか目的の公園に到着してしまった。


「よ……よぉ。高木」

 いた。公園のベンチから立ち上がり、高橋がさっきの電話の第一声と同じセリフを吐いた。

 その距離、2メートル。もう頭の中に言葉が湧いて来ない。顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。

「よ……よぉ。高橋」

 私もオウム返しの会話しか出来なくなっている。

 そして、しばしの沈黙。

 高橋が何を言いたいかは分かっている。そして踏ん切りがつかないことも。

 そして私もそのセリフを待っている。そしてそれをせっつくことも出来ないでいる。

「あの……」

 高橋がようやく口を開いた。

「来月から同じ大学だよな。引き続きよろしく」

「ああ……うん、よろしく」

「それで……」

 何気ない会話から、必死で言葉をひねり出そうとする高橋。そして。

「あの、それでさ。環境も変わるし、俺らの関係も……とか、思ってさ」

「……うん」

「高木、付き合ってください」

「……はい」

 二人の間のピンと張りつめた空気が、ふわりと緩んだ気がした。


 高橋が私に歩み寄ってくる。見慣れた人懐っこい顔が、今日はやたらイケメンに見える。この公園の薄暗さのせいだろうか?

 高橋が私の肩を抱き寄せる。これって……キスの流れ?

 …………ちょっと待て。

 私、今めっちゃ餃子臭いよね!?!?

「ちょ、ちょっと待って!」

 きょとんとした顔で私を見つめる高橋。

「ご、ごめん。歯磨いてないから、そういうのはまた今度で」

 風で紛れた私の口臭。キスしてしまうとさすがにバレるのをその場しのぎの嘘で何とかごまかし、その日は別れた。


 ……けっこう大事な恋愛シーンを逃してしまったかも知れない。

 おのれニンニク。

 しばらくニンニクは食べない。

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