ニンニクカノジョ
芒来 仁
第1話 卒業式の日の晩御飯に。
高校卒業である。そして。
餃子である。
「……私、何やってんのかな」
「餃子包んでんじゃん。姉ちゃんボケちゃったの?」
「いやそういう事じゃなくてさ」
確かに餃子を包んでいるのだ。ダイニングテーブルで、妹のサキと二人並んで。
我が家ではイベントの度にご馳走として大量の餃子が饗される。入学式、運動会、そして……今日、卒業式も。
母が準備したニラ・ニンニクたっぷりの餃子あん。これを包むのは私たち姉妹の役目だ。
「だから、今日卒業したの私だよ? 主賓だよ? その主賓が何で晩御飯の準備してんのさ」
「そんなのお母さんに言ったって無駄じゃん。あたしだって自分の入学式の日に餃子包んでたんだから」
「だってさー家族で祝うなら多分これが最後のイベントだろうにさー」
文句を垂れる私に、キッチンの向こうから声が飛んできた。
「マリ、無駄口ばっか叩いてないでちゃんと手動かす! 晩御飯抜きにするよ?」
「おかーさん……主賓が晩御飯抜きってどんな地獄よ!? っていうか手は全然止まってないからね?」
無駄口を叩きながらも止まらない、小学校の頃からお手伝いで続けてきた餃子包みは我ながらプロの域である。
餃子の皮を傷つけずに一枚だけするりとめくり、薬指につけた小麦粉ののりで皮につるりと円を描く。カレースプーンで寸分たがわぬ適量をすくい、皮の中央にドロップイン。投げ込むようにあんの山にスプーンを落としたあとは、あやとりのような指で皮を手繰り、三つほどのヒダを作って瞬く間に餃子の完成だ。この間十五秒。わが事ながら神業。未だに一個三十秒以上をかける妹とは天地の差である。
「ところで姉ちゃん」
「何よ」
改まったように話題を切り替えるサキ。餃子の皮にあんを受けながら聞き流す。
「彼氏出来なかったね」
ぐちゅり。
思わず握りしめたこぶしの中で、餃子が悲惨な状態になっている。
「あ……あんた触れてはならんことを……」
「いやいや、別に悪気があって言ったわけでは……。けど卒業式の後でも遊びに行くって話も無かったしさ? 仲のいい男友達もいたみたいなのに何でかなーって」
素朴な疑問をぶつけてくる妹に、私は心の中で答えを返す。
この餃子のせいだ。
イベントの度に食卓に上るこの餃子。ほんの小さなイベントも対象になるので、おおむね月に一度か二度は週末にこの餃子を食べることになる。
そしてこの匂い。翌日に友達と遊びに行くということが難しくなるのだ。結果、友達の中では「ちょっと付き合いが悪い奴」という扱いになってしまい、他の友達の関係進展からカップル成立という流れに出遅れる結果になってしまった。
かといって、この餃子から匂いの要素を抜けばいいのかというとそういうわけでもない。ニンニクとニラの入っていない餃子は餃子じゃない。腹は満たされても心が満たされない。
「私の血に……ニンニクとニラのエキスが流れてるからよ」
「いや、それどういう意味よ」
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