第7話 賞味期限
それは、見続けることが出来ない光景だった。
捜査メンバーの言うことはまさしくその通りだと思う。
死体に群がるサソリたちの画像が見えるその手前で、サソリそのものを食らっているのだから、狂気の沙汰としか思えない。
しかしそれを言われているイオリはとくれば、特に頓着することなく黙々と食事を続けていた。
「……好きなのか?」
「何が」
尋ねるときょとんとした顔で彼は魔石板から顔を上げる。
口の端にサソリの尾が見えていた。
「それだよ今食べてるやつ。そんなに好きなのか?」
「いやーどうだろう。美味しいとは思うよ」
「特別好きって言うほどじゃないってことか」
イオリはまあ、と一つ頷く。「食べるか」とサソリの蒸し焼きを一匹、フォークに刺してこっちに持ってくる。
彼ら彼女だったならまだ喜べる光景だ。
しかしそうでないと分かった今、特に心を揺るがすものはない。
「やめろ。俺は好きじゃない‥‥‥最近異様に増えたんだ」
「へえ、そう最近」
最近、というところを繰り返して言うと、そっと出していたそれを引っ込めた。
無理強いすることはないと思ったのだろう。またもしゃもちゃと食し始めた。
「そんなものはこの地方の料理じゃないんだぞ」
「それは知らなかった」
「……明日の夜。付き合え」「なんで」「まともなものを食わせてやる」「ふうん、分かった」
そんなどうでもいいやり取りが繰り返される仲、「それで誰が犯人なんだろうね」と同じ口調でイオリが言ったから、アレックスは思わず「さあ」と聞き流しそうになる。
「誰が犯人?」
「そう。犯人。メイルを‥‥‥いや、メイルと目されている人物を殺した犯人」
「被害者は自殺したと報告されている。それを覆すの難しいぞ。さっきお前が言ったところに捜査チームを向かせて調べたとしても、すぐには他殺という扱いにはならないだろうな」
「私が魔王軍から派遣された存在だからかな」
「そういうこともある。第一、お前をこの捜査班に入れる名目も、俺は詳しく聞いていない」
とアレックスは言葉尻を濁した。
リタ・エゲナーの件は上司からの命令だ。それは理解している。しかし、行方不明になったリタの捜索とその妹の自殺。
これはどう見たって無関係じゃない。
そういった意味で妹のメイルを自殺ではなく、他殺だと主張するならもう少し具体的な報告が欲しいものだ。
「エゲナーは優秀な外務武官だった。本国からはるかに離れたこの土地で、魔王軍派出所の運営をほぼ一人でやっていた。公都にある大使館からも彼女の仕事ぶりについて、堅実であると報告も受けている」
「外面はどうでもいい。俺は中身の話をしているんだ。仲間がいなくなった、それを探しに来たと言えばいい。そうだろ?」
「その通りだ」
イオリは頷いた。
「だからこそ彼女に関わるすべての存在について言及しなければならない。このサソリも‥‥‥こっちのは美味しいな、一つどうだ?」
「いらん!」
香辛料をまぶしたそれを向けてくるイオリに向かい、アレックスは小さな悲鳴を上げて拒絶した。
「どこから探せばいいと思う」
真面目な質問。意外にも仕事に徹する怜悧な軍人、という顔つきで彼は質問する。
逆算してはどうだとアレックスを答えた。
時間を遡ることはできない。
過去を振り返ることは可能だ。
「最後に会ったやつを探せばいい。捜査官を何人か向かわせているが、まだ行方不明だ」
「誰だ?」
「父親だよ」
「二人の父親か。同居しているという。そうなると三人とも行方不明ということになるな。一つの家族が街から消えたことになる。大問題じゃないのか」
「旅行に行ったのかもしれん。可能性は無数にある、昼間に近所の聞き込みをさせた。ここ二日ほど、誰も彼らを見ていない。あの雨の夜からな」
「全てはそこから始まった、ね。他には」
そう言ってイオリは一個の光の塊をアレックスの前に放り投げた。
途端、身構える彼の眼前でそれは青い長方形に縁どられた向こう側が透けて見える、一枚の画面となって展開する。
自分でも精霊魔法を駆使するが、こんな使い方はしないものだ。
少なくとも、普通の魔法使いはこんな便利な使い方は知らない。
魔石板とか、なにかの魔導具を利用しないと、映像を何の視点もない空中に固定することは、かなり難しいとされている。
それを難なくやってのける魔装人形。さすが魔王の部下、といったところだった。
「……俺の報告書じゃねえか」
「そうだよ。今朝、その探しているドン・バナーシーから連絡を受けたとあるのに。どうしてその時に詳しく話をしたかったんだ」
「あのときは、出勤時間だった。ドンとは長い付き合いだ。たまに会って食事をすることもある。だからいつものようにまた後から聞けばいいと思ったんだ」
「捜査官の勘が鈍っているような気がするね」と呆れたようにイオリは目を細めた。
そして、アレックスの期限があと二日後に迫っていることを示唆するように言った。
「私は今食べているサソリも、年老いたやつはやっぱり固くて美味しくない。賞味期限が切れかけているのかな?」
「このっ――っ」
狼の獣人がそのあまりの言い方に文句を告げようとしたときだ。
彼のポケットに入っている、携帯がタイミングよく鳴った。
それは持ち主の不機嫌を代弁するかのように、けたたましい野鳥のなり声を室内に響かせていた。
とある辺境のおっさん獣人は、死にたがりな魔王軍の捜査官とともに、伝説の魔獣を撃退する。 和泉鷹央 @merouitadori
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