第6話 偽装殺人
アレックスとイオリの夜は長かった。
一度、捜査が始まると専任された捜査官たちは帰宅することもできずに、解決するまでギルドで過ごすことも多い。
ギルドビルの中にある、内務調査局の会議室の一角で、イオリは渡された資料をさくさくと読みこなし、且つ、今回の自殺どころか取り寄せた魔王軍の出張場に保管されていた数多くの資料の分析も行っていた。
資料といっても紙ベースのものではない。魔石と呼ばれる魔力を持つ鉱石を薄くのばし、ガラス板の上に貼り付けた情報端末を操作しているのだった。
「人間業とは思えんよ」
「人ではないからな」
「ああ、そうだ。狂乱人形だった‥‥‥」
嫌味ではなく。
心の底から見るのも嫌そうな顔をして、アレックスはイオリのテーブルの上を占拠する魔石板とは別のやつ。
夜になれば様々な屋台がカルサイトの大通りには出るのだが、そのなかでもサソリに関する料理ばかりを注文して、職員に買いに行かせていた。
「だから、それは差別用語‥‥‥うん、このサソリの油揚げは美味しいな」
「何種類目だよお前、それ。普通はそんなに食べない」
「そうか? だが、私は好きだ。それより、どこで寝ればいい?」
「あ?」
そこまで言って、アレックスは気づいた。
イオリはどこからどう見ても、女性だ。いかに魔装人形とはいえ、性別はあるだろう。それならそれで女性職員と同じ扱いをしなければ、セクハラになってしまう。
あの街中のやり取りでイオリのことをすっかり男だと思っていた自分を少し恥じた。
「あー……女性職員のベッドなら」
「男だ」
「あ、そうか。男かって、男? その成りでかよ?」
そう叫ぶと、イオリはまたか、という顔をして、はあーと大きくため息をついた。
これまでの人生で幾度もこうしたやり取りをしてきたのだろう。もう慣れた感も感じられた。
「魔装人形に性別なんてないんだよ、でも私は私」
「ない、のか。ないのに、男なのか?」
「外見は関係ないだろう? 心の性別だって重要だ。こう見えても結婚していた。妻もいたんだ」
なんだか聞いてはいけないことを訊いた気がしたアレックスは、一言「そうか」と呟くと、「この街は昼は温かいが夜は寒い。薄い毛布ならある。持ってくるから」と、会議室の奥を指さす。そこには長椅子がいくつかあった。
「あそこで寝ろ。俺たちはそうしている」
「分かった」
素直に頷く彼は、やはりどう見ても彼女にしか見えない。これは慣れが必要だな、と獣人は呻いた。毛布を用意して戻ってみたらなにか小難しい顔をしているから、何事かと問うてみたら意外な報告を受けた。
「これは他殺だな」
「は? どうしてそうわかる。検視官はそんなこと、報告書に書いてないぞ」
「そっちじゃない。私が索敵結界を張っただろう。そうは広くないが、置き引きが功を奏したな」
「なんのことだ」
「だから、結界だよ。置き引き犯を追いかけて、最初のホテル前から数百メートルは移動したんだ。私の結界は私とともに移動する。必然的にあの辺り一帯を追いかけ回したから、索敵用に集めた情報もまた網羅できたということだ。あの自殺現場、周辺の」
「だからそれがどう繋がるんだ。自殺を他殺と断定する証拠は?」
論より証拠。
イオリはテーブルの上に立体的な図形を魔法で造り出した。
最新の魔導技術で描かれたそれは、真昼にその場で見て写してきたような鮮明さと、本物の建物がそこにあるような重量感に溢れていた。
自殺した塔が中心にあり、東側と目される三本ほど離れた、あの塔と同じ高さの別の塔の一部が、赤く色を変える。
「そこにあるよ。つい最近、発砲された弾痕が残っている。まあ、しかし‥‥‥」
と、魔装人形はアレックスの腰にある拳銃を指さした。
「この公国の銃は旧式だ。火薬の爆発で射出される。けれど、ここにあるのは魔力を帯びたものになるだろうね。私の結界がそう解析している。そんな近代的な銃を使うとしたら?」
なんとなく、自分の愛用の銃をけなされた気がして、アレックスは渋面になる。
そんな最新式の装備を揃えることができるとすれば、公国軍の特殊部隊か、ギルドの誇るランクAクラス以上の冒険者が所属する、特別災害級の魔獣の対策班だけだ。もちろん、内務調査局にはそんなものは降りてこない。
したがって、アレックスは振れたこともなく、定期的に開かれる各国の軍事情勢などを報告する定例会で資料に目を通した覚えがある程度だ。
それを告げると、イオリは不思議そうに顎を撫でた。何か納得していないような、そんな顔にアレックスは、俺は嘘を言っていないぞ、と眉を上げる。
「もう一つ、問題がある」
「なんだよ」
「そんな最新兵器にしなくても、似たような使い方をすることは可能だ。もちろん、射出したあとの弾もまた、どこかに当たれた爆ぜて消滅する。魔力に包まれていて、なにかに接触すれば消滅するように、あらかじめ魔法がかかっているからだ」
「つまり‥‥‥魔法使いが普通の銃弾になにがしかの魔力を載せればいいってことだろ? でも、それは無理だ」
そう、報告が為されている。こんな田舎でもそういった話は常識だ。
弾丸でもいいし、槍でもいい。矢に魔力を込めて打ち出すのでも構わない。例えば炎の魔術――火球を弾に相乗させて発射したとする。すると、その移動を担うはずの弾丸は、魔力の圧に負けて消滅してしまうのだ。
射出速度や威力の問題以前に、道具自体の耐久性が保てない。それなら、弾丸に直接、魔法陣を刻印して発射し、着弾と同時に爆破魔法が発動する仕組みの方が、よほど合理的だ。しかし、それは先の大戦で禁じられた手段となってしまった。
対人、対獣人、対魔族――特に強い魔力を持たない下級魔族の魔獣や妖精などは、その威力に耐え切れない。だから、禁止されたのだ。魔王たちと各国の王たちの間で。そこには総合ギルドも強く関わっていた。
だからこそ、このカルサイトのギルドメンバーは関わっていないと強く否定もできる。
「うちじゃない。断言してもいい。俺は内務調査局の捜査官だぞ?」
ギルドのことで自分が知らない秘密はない、とでも言いたそうにアレックスは否定した。イオリは後ろで自己主張の激しいその尾をにらみながら薄く笑った。
「なら、どこでなら‥‥‥手に入る?」
「裏の連中だろうな」
「裏?」
「裏ギルドと呼ばれる掃除屋や、それに関連する犯罪組織だよ。盗賊、暗殺、諜報、武器密輸から誘拐、人身売買、臓器密売に‥‥‥最近じゃ、違法霊薬まで扱っているってもっぱらの噂だ」
「霊薬‥‥‥エリクサー、ね。ふうん‥‥‥」
イオリはその黒真珠のような瞳をさらに丸く見開き、面白そうだ、と呟くとまた、サソリの料理。今度は姿焼きを袋から取り出し、パリパリとかじり始める。
それを見て、対策班のメンバーの幾人かが、「うえ‥‥‥」「まじかよ」「死体に対する侮辱だろ」となどとそこいらで声を上げる。会議室の正面の魔石をはめ込んだパネルには、白骨死体に群がるサソリたちの画像が映し出されていた。
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