第5話 ナイトクラブ

 夜のカルサイトの街は、昼間の荘厳なたたずまいを見せる数千の塔の街から、一気に怪しげな魔力を帯びた建物が乱立する、危険な石のジャングルへとその身を変える。

 公国の外からやってくる流行りものの入れ替わりは激しく、それは陽気で何事にも楽天的なこの街の住人たちの生き方そのものにも思えた。

 公営カジノのビルが建つその裏手。

 もう少し道を奥に入れば危険度が上がるその場所に、一際にぎわう建物がある。

 大通りから四つ角を曲がったすぐ先にあるそこは、最近できたばかりのナイトクラブだった。毎夜のようにショーガールが踊り、流行に敏感で熱気に満ちた夜から解放されたい若者たちが仲間を募って押し寄せる。

 耳をつんざくような凄まじい大音量で早いビートの演奏が流れる中、フェイテスはVIP席から客たちが音楽に酔い、酒に酔い、そして自分の販売する霊薬に酔う様を見て興奮気味になっていた。

 部屋の中には初老の老人と彼、壁際には四人の男たちがいる。

「なかなかいい盛況ぶりだ。これならあと三年でお前も南海岸でのんびりできるようになる」

「本当ですか! 導師ラグオン」

「ああ、本当だ。だが、そのためには仲間がいる。店も必要だ、霊薬ももっと大量に、分かるな?」

 隣に立つ、赤髪の老人にそう問われ、黒豹の獣人は身を引き締めて頷いた。

 導師と呼ばれるラグオンは初老の老人で、朝方にそこいらの公園でにこにこと散歩をしているような、そんな人の良い外見にしか見えない。

 しかし、その笑顔の裏には金と権力しか愛さない別の素顔があることを、フェイテスは知っていた。

 そして、ラグオンが成績に‥‥‥数字だけでしか部下を評価しないことも。

「ファミリアを形成しろ、公国内の他の都市にも店を出すんだ。お前ならできるな?」

 慎重に、そして大きな野望を心に秘めて、フェイテスは頷いた。

「ところで、これだがどうするつもりだ?」

 そう切り出したのはラグオンの方だった。

 彼の肩辺りに浮く銀色の球体を叩く。すると、球体は、その足元にどこから引き出したのか一人の女性を吐き出した。

 フェイテスはその赤毛の女を見て悲鳴をあげる。

「馬鹿な。あの場で殺したはずだ」

「そうだな。だが、これはどうするつもりだ」

「申し訳ございません。まさか、あの場所に誰かが入り込むなどと‥‥‥しかし、これは。この女は」

 そう言い、彼は女性の口元へと手をやった。

 微かに空気が指先を左右する。まだか細いが息があった。

「これが見つけた。あの場所でな。同じ顔が二つとは面白い事だ。幽霊でもいたとしか思えない状況だな。そういった魔法か魔道具の類かもしれない。拷問にもかけた、自白する薬も魔法も使ったが、効果がない。訓練で儲けているような女だ」

 そういい、ラグオンが示したのは、壁に掛けられた立体テレビだった。

 それは魔都グレイスケーフで製造された最新式の物で、早朝に、アレックスが孫たちと眺めていた型遅れのものよりも数世代、進歩した型だった。

 映し出されているのは朝方のニュースでやっていたあの自殺事件の続報だった。

「遺体は残された所有物から、市立図書館の司書、メイル・バナーシーさんと見られており、警察と総合ギルドは同じ管轄区で起きた自殺事件と見て捜査を続けております――」

 そんなナレーターの読み上げる文章とともに、一枚の写真が画面に映りこむ。

「……やはり、司書に間違いはない? どういうことだ‥‥‥」

 フェイテスは怪訝な顔して、倒れている女性を覗きこんだ。

 そこには画面に出ている写真と同じ顔があった。

「分からないなら、本人に訊けばいい」

 フェイテスは困惑した顔をする。ラグオンはにやりと意味ありげに笑った。

「今度は死体を遺さずに済む」

 そう言うと、彼は銀色になにかを命じた。

 球体は薄く広がりメイルの全身をそれで覆ってしまうと、一気にその肉体を圧し潰すかのように元の大きさに戻り――そして、ゆっくりと人の形を取り始めた。

 やがてそれはメイルそっくりの形となり、静かに口を開いて報告する。

「……これは、リタ・エゲナー。魔王軍所属の情報将校。この街で兵士を募集する出張場を設けて運営する管理人だった」

「ほう‥‥‥魔王軍。どこの魔王軍だ」

「なんですか、こいつは‥‥‥導師」

 三者三様の返事が飛び出た。

 ラグオンの質問を優先し、メイルの姿を撮ったそれは報告する。

「残念ながら、導師。我らが蒼き魔王ではないようです。フェイブスターク」

「ああ……それは強敵だ。二十四柱のうち、第六位の魔王が関与しているとは、いやはや。人生とは面白い。先の聖戦で戦った相手がいまよみがえろうとしている。新たな敵として」

 それと、と新たな報告がメイルの姿をしたモノからなされた。

「面白いですわ、導師。あの場を最初に発見したのは父親だった、と」

「ほう?」

「あの夜、家族で食事に行く予定があったと記憶にはあります。父親が製造工場を知り、姉が訊きつけて潜入し、我々が見つけた。しかし、捕えたのは双子の妹だった、と」

「どうするおつもりですか! このままじゃ‥‥‥」

 蒼白になるフェイテスに酒の入ったグラスを持たせると、ラグオンは静かに笑いかけた。

「慌てるんじゃない。我々が有利だ。これはミッチェルと言ってな。はるか昔に魔界で製造された魔装人形の設計図から造り出した、新型だよ」

「新型の‥‥‥魔装人形? あの、勇者をも退けたという?」

「置いていく。活用しろ」

 パチンとラグオンが指先を鳴らすと、ミッチェルと呼ばれたそれは球体になり、フェイテスの肩の上にやってきた。

「どこにでも入れる。便利だ。父親を消せ。ギルドと――魔王にばれる前にだ」

 ラグオンはそう言うと、まだ蒼白なままの黒豹の獣人の肩を静かに叩いて微笑んだ。


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