スプーキーナイトメア・ぷうけえ! 5

「四体のボスは、さっきの影よりももっと怖いよ」

「だ、だろーね……」

「覚悟しておいて」

「いやだ〜」

「大丈夫。ぼくがついてるから」

 タタラが、地面に尻もちをついたままのあたしに手を差し伸べてくれる。

 あたしは、よろよろと立ち上がり、はあと息を吐いた。

 覚悟、か。

 あたし、マジで変な世界に来ちゃったらしい。

 大好きなゲームの世界に来れたのに、それがよりにもよってホラーゲームだなんて。

 昼馬が聞いたら、大笑いしそう。

 あーあ。

「あたし、ホラーゲーム、本当にむりなの。クリアの自信ない」

「大丈夫。ぼくも同行するからさ」

 タタラは、ふわり、とほほえんだ。

 この人、「大丈夫」っていってばかり。

 タタラは呪いから生まれたキャラクターだから、怖くもなんともないのかもしれないけどさ。

 あたしにとっては、全然大丈夫なんかじゃない。怖くて、たまらないのに。

 でも、今はがまんするしかないか。

 このゲームから脱出するためにも、タタラの協力は必須だし。

「さっき倒してくれたやつ。あれが、ぷうけえ?」

「いや、あれは……呪いのしぼりカスみたいなものだよ」

「ザコモンスターってことね。で……あんたは案内人、なんだっけ」

「うん」

 タタラは大きくうなずいた。

「ぼくはぷうけえに作られた、キャラクターのひとり、案内人・朝霧多々良。このゲームのなかで、唯一ぷうけえから呪いを浄化する能力を与えられている。プレイヤーにスムーズにゲームを進行させ、より多くの恐怖を抱かせるためにね」

「な、なんでそんなこと」

「より多くの恐怖をプレイヤーに抱かせ、その恐怖を食らう。それが、ぷうけえの目的なんだ」

 ホラーゲームなんてやったことないけど、こういう展開ってありがちなのかな。

 呪いを浄化する能力を持った同行者か。

「それってさ、ぷうけえも浄化できたりするの?」

「むりだよ」

「えー、なんで?」

「ぼくはぷうけえに作られたんだよ。そんなぼくが、ぷうけえを浄化できるわけないじゃないか」

「でも、ゲームのストーリーでは成長した弟子が師匠に勝って、またひとまわり大きくなるっていう王道の展開があるじゃんか」

 あたしの好きなファンタジーRPGゲームも、山で捨てられていた主人公を拾い、親代わりとして育ててくれた師匠が、最後ラスボスとして現れ、泣きながら倒す……っていう展開があった。

 これまでの二人の思い出や、お互いを思いやる関係性を知っているプレイヤーからしたら、ラスボスなのに倒すに倒せなくて、一度コントローラーを置いて一晩考えちゃったもんね。倒すか、倒さないか。

 その師匠がぷうけえといっしょとはまったく思わないけれど、タタラからしたら、親も同然なのかな。

「ぼくは外の世界のゲームのことはわからないよ。呪いから作られたキャラクターなんだからさ」

「あっ、そうなのか。スマホとかも知らないの?」

「すま、ほ? ちまきなら、村のおばあさんが作ってたから知ってるが」

 いやいや、「ま」しかあってない!

 スマホを知らないなんて、信じられない。タタラって、本当にゲームのキャラなんだ。

 でも、呪いなんかから生まれたなんて、信じられないなあ。

 見た目、あたしと同い年くらいにしか見えないし。

「とにかく、これからきみがどうするのかは自由だよ。きみは、このゲームのプレイヤーなんだからね。思うように行動して、ゲームを進めてくれ。ぷうけえの最奥を突き止めてゲームをクリアするか、ゲームオーバーになるのかは、プレイヤーが決めることだからさ」

 穏やかなまなざしでいう、タタラ。

 そのとき、あたしはハッとした。

 なんだか、タタラの顔が一瞬、沈んだように見えたんだ。

 まるで、自分の言葉に、自分で傷ついたみたいな。

 でも、今はふつうだ。出会ったときと同じ、きつねに似た細い瞳。

 うーん、気のせいかな。

「よいっと」

 タタラが、手品みたいに電動ハラエグシを小さくして、ポケットにしまった。

「な、何? 今の」

「ほ?」

 タタラが首を傾げる。

 当たり前のことに、何を驚いているのか、って表情だ。

 そうか。ゲームをやったことがあるからわかる。

 ゲームの収納は大きさじゃない。個数だもんね。

 どれだけ大きくても、重くても、十個まで持てる設定なら、どんなものでも十個まで持てちゃうのだ。

 現実世界なら、ありえないことだけどね。

 とにかく、今はここから脱出しないと。

「マジでゲームオーバーになっちゃったら、シャレにならん」

「そうだね」

 あたしはゴクリとつばを飲みこむ。

「ちなみに、ゲームオーバーになったら、どうなるの?」

「ぷうけえに恐怖ごと、魂を食べられるだろうね」

 それってつまり、マジのマジのゲームオーバーじゃん!

 ゾゾゾッ、と背筋が凍りつく。

 いや、ここで泣き言はゲーム好きの名がすたる。

 あたしはゲーマーじゃない。本当に、ただのゲーム好き。

 スコアよりも、自分のスタイルでゲームを楽しむことを優先するタイプ。

 これまでもたくさんのゲームをやってきた。

 そうだよ。

 いくらホラーゲームでもさ、これはゲームのなかなんだもん。

 リアルじゃない。

 だから、そんなにおびえるようなことじゃないのかも!

 そうだよ、あたしがクラスの男子からなんて呼ばれていたのか思い出せ。

 百戦錬磨の鬼ゲーマー・夜回叶。

 男子からはからかいの延長だったのかもしれないけれど、あたしはちょっと気に入ってる。

 女子だからってバカにされて、この呼び名で呼ばれても、あたしには誉にしか思えなかった。

 そう、これはあたしの大得意のゲームのなかなのだ。

 さっさとクリアして、脱出しちゃおう。

「そうだ。きみの名前を聞いてなかったね。よかったら教えてくれないかな」

「夜回叶。小学六年。百戦錬磨の鬼ゲーマーだよ」

「げーまー?」

「こんなゲームなんて、すぐにクリアしちゃうプレイヤーのこと」

「……へえ。そうなんだ。じゃあ、ぼくもしっかりサポートしなくちゃね。これから、よろしくね、叶ちゃん」

 タタラが手を差し出してきた。

 誰かと握手をするなんて、初めてだな。

 握ったタタラの手は、あたたかかった。

 ゲームのキャラクターでも、体温はあるんだな、と思った。

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スプーキーナイトメア・ぷうけえ! 中靍 水雲 @iwashiwaiwai

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