第98話

「……」


 男たちがロープを伝い高速で移動を始める。そして全員がその家の敷地内へと侵入した。


「……」


「…?どうした隊長?」


「いや、なんでもない……」


「?」


 川本の訝し気な表情も気にならない程、川森はある違和感を感じていた。


(事前に警備装置の類が無い事は確認していたが、それでもここまで簡単に侵入出来るものなのか…?それともまさか……)


「拍子抜けだな。それとも平和ボケとでも言えばいいのか。よくもまあこんな無防備な家に住めるもんだ」


「ああ。でもまあこの国の人間はみんなこうだろ?自分だけは大丈夫と思い込んでいる幸せな羊ばかりだよな」

 

 川田と川西は安全という名の幻想がどれだけ脆いものなのかを心底理解していた。それ故に家主のあまりにも杜撰な警備状況を嘲笑う。だが隊長の川森と川本の表情は違っていた。


「隊長…何か嫌な予感がするんだが……」


「川本。俺達に撤退は許可されてない。仮にこれが「誘い」だとしても突入するだけだ」


「…はぁ。了解。さっさと依頼を終わらせて帰りてえよ……」


「ああ。俺もだよ…」


 目的地の屋根に全員が到着。そして固定されていた。半透明のロープが消失した。


「全員、聞いてくれ。最終確認だ」


 川森が作戦内容を事務的にメンバーに話していく。


「俺達の目標は佐々木一郎とこの家の住人の抹殺だ。こいつらがマリア・ブラウン失踪事件に関わっている可能性が非常に高い」


「佐々木一郎に関しては別働部隊も既に動いてる。近日中にヤツの死体が海に浮かぶのも時間の問題だろう」


「「「…っ!?」」」


 チーム全員が川森のその発言に驚く。

 

「佐々木一郎…見つかったのか?確かあいつは夏頃から行方不明になっていただろ?」


「確か…同時期にマリアさんも行方不明になってたよな?別の組織に消されたなんて噂も聞いたが…」


「それは違う。協会も全てを把握しているわけではないんだが…どうにもこの家に住んでいる奴が何か関係しているらしい」


 川森が言葉を選びつつ事実だけを口に出す。そしてここからは、と念を入れた上で自身の考えを口にする。


「今回の依頼は色々とイレギュラーが重なっている。謎の情報提供者。殺人派遣会社<殺配>の会長暗殺事件。アブノーマル同好会の壊滅。そして新興の闇組織「謝肉祭」の結成。状勢が大きく動き過ぎている。…どこかのフィクサー気取りのイカレ野郎が間違いなく糸を引いているんだ」


「「「……」」」


「だが、正規の依頼として「会長」直々に命令された以上やるしかない。分かるな?」


 男達全員がその発言に頷く。


「この家の人間が一般人だろうが必ずブチ殺せというのが会長からのオーダーだ」


「同居人、目撃者に関しては?」


「…皆殺しだ。俺達の存在や能力を知られたくない。必ず始末しろ」


「了解」


 男達全員が音もなく屋根から地面へと飛び降りる。そして素早く古風な庭へと足を踏み入れた。小さい池に謎の小屋。灯篭の光が力なく闇を照らす。


「…~♪」


 そして、その古い家の縁側に一人の少女が腰掛けていた。濡羽色の長髪に頭部に生えた角。黒い和服の腰元から大きな尻尾がユラユラと揺れている。少女は焼き魚を刺した串を片手に持ちながら夜空を見上げていた。


「ん…?ふん。今日は良い月だと思わないか?…人間ども?」


「…っ!?」


(ちっ…やはり俺達の存在に気付いていたのか。警備0に手ぶら状態。よっぽどの自信家か…ただの馬鹿か)


「…金本大助の関係者だな?」


 川森が最終宣告も兼ねてその名前を口にする。


「その通りだ。そういうお前たちは…侵入者という事でいいのか?」


「……」


 少女はその場から立ち上がる事すらしない。まるで男達など敵ですらないと言うかのように。


「まあまあ落ち着け人間。とりあえず命乞いをするなら今の内だぞ?今ならまだ命だけは助かるかもしれない」


「…どうやら、金本大助の関係者は全員頭がおかしいという話は本当のようだな」


 男達は少女のその発言を戯言の類だと判断し一蹴する。それを少女は心底哀れなものを見る目で見つめていた。


「そうかそうか。それがお前たちの選択か。自ら地獄に進むとは何とも愚かな人間達だ」


 少女がバリバリと焼き魚を食べつつゆっくりと立ち上がる。男達が臨戦態勢へと突入した。そんな状況でも相変わらず少女からやる気は感じられない。


「本来なら私自身が相手をしてやるところだが…今夜の主役は私じゃない。せいぜい頑張れ人間。あいつは私程優しくはないからな……」

 

「そうか…寝言はそこまでだ!!」


「んおおっ!?」


 一瞬の内に少女の背後に回り込んでいた川森が、その手に持つ赤い刀で首を跳ね飛ばした。


「問答無用。お前たちには抹殺依頼が出てる。これはただそれだけの話だ」

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