セオと僕のコメディ

加藤ゆたか

コメディ

 西暦二千五百五十年。不老不死の人間になった僕はパートナーロボットのセオと暮らしている。


 その日セオは商店街の修理屋からもらったオモチャで遊んでいた。

 ボタンを押すと、音や声が鳴るらしい。


「ワッハッハ!」

「パチパチパチパチ!」

「ナンデヤネン!」


 昔存在したアメリカのコメディドラマでは効果音として笑い声が入っていたりしたものだ。

 現代ではお笑いやコメディを見て楽しむ人間はいるが、自分が演じようという人間はいない。エンターテイメントの担い手は基本的にAIである。AIコメディアンの演じるコメディは質が高い。それにAIコメディアンには風刺系、落語系、コント系、ピン系、音系などと様々な種類が存在するが、その分野のコメディに特化したAIなのでノイズが無いのだ。例えばボボボ系のお笑いを楽しもうと思って見始めたのにシルバー系が混じっていると憤慨することはない。無駄がなくて洗練されている。最近人気を集めて急激に勢力を拡大しているのは新・ジュピター・ウラヌス系AIであるが、僕にはセンスが無いのであの笑いのポイントを説明できないのが歯がゆい。



「お父さん、これ何かに使えないかなー?」


 セオは僕をお父さんと呼ぶ。

 セオはオモチャが気に入った様子で笑いながら何度もボタンを押した。


「ワッハッハ!」

「パチパチパチパチ!」

「ピンポーン!」

「ブブー!」


 家の中で何度もボタンの効果音を聞かされるのも堪らないなと僕は思い、セオを散歩に誘うことにした。


「セオ、気晴らしに散歩に行こうか。」

「うん!」


 セオが出かける支度を終えて、二人で河川敷の方に向かう。いつもなら僕とセオは手を組んだり繋いだりして歩くのだが、今日のセオの手にはまだ例のオモチャが握られていた。


「チーン!」

「ソンナノ関係ネエ!」

「ゲッツ!」


 だいぶやかましい。


「あ、タロだ! タロー!」


 行く手の方向にタロを見つけたセオが急に走り出した。タロはたまに河川敷で見かける犬だった。セオはタロに会うためにここで時間を潰したりすることもある。今日のタロは飼い主の女性に抱えられていたが、セオに気付いた女性はタロを地面に降ろした。タロもセオを見つけてハッハと舌を出して喜んでいるようだ。しかし、タロの方からセオに走り寄ることはしなかった。

 最近のタロの動きは鈍い。以前のようにセオと一緒に河川敷を走り回る姿を見ることは無くなった。もうずいぶんと年なのだ。動物は不老不死にできないことになっている……。


「パチパチパチパチ!」

「ドドン!」

「ザンネン!」


 セオがタロとじゃれているうちに、タロはセオの持っていたオモチャを咥えて離さなくなってしまったようだ。


「あ、ダメだよタロ! 勝手にボタン押しちゃ、返して!」

「ワッハッハ!」


 タロの飼い主はセオとタロから目線を外さすに言う。


「このタロも長く生きてくれましたが、すっかりお爺ちゃんになってしまいました。」

「パチパチパチパチ!」


 彼女も僕と同じ不老不死で、五百年の間にタロのクローンを五十回作っている。このタロが死んだら、また次のタロのクローンを作るつもりなのだろうか。僕には彼女の気持ちはわからなかった。


「正直、迷っています。人間のエゴでタロに何度も辛い思いをさせているのではないかって……。」

「ナンデヤネン!」


 エゴ……。そうなのだろうか。タロは犬だ。タロが他のクローンたちのことを知るはずがないし、これからのクローンのことだって知るはずもない。きっと今だって自分の寿命のことですら考えてもいないだろう。


「でも、私はタロのいない生活なんて考えられない。」

「ピンポーン!」


「それならいっそロボット犬を購入しようかと考えたこともありました。」

「ブブー!」


「不老不死の私と同じように死なないロボット犬……。」

「チーン!」


「そうすればタロたちも天国で笑ってくれますかね?」

「ソンナノ関係ネエ!」

「ソンナノ関係ネエ!」


「それとも私もセオちゃんみたいなパートナーロボットを迎え入れた方がいいんですかね?」

「ゲッツ!」


「ごめんなさい。こんなこと急に言ってしまって。セオちゃんのお父さんには関係なかったですよね……。」

「ドドン!」


 確かに僕には関係がないし興味もない。しかし、タロのことで思い悩む時間も決して無駄ではないと思う。それはきっと女性のタロへの愛情の深さ故だ。どういう理由でタロのクローンを作り始めたのかは知らないが、どのタロもみんなこの女性に飼われて幸せだったはずだ。それはこれから生まれるタロたちも同じだ。


「僕はタロは幸せだと思いますよ。」

「パチパチパチパチ!」

「それなら嬉しいんですが……。」

「ゲッツ!」



 ようやくセオがタロからオモチャを取り返したところで、僕らはタロたちとは別れた。


 セオがしんみりと言った。


「タロとまた元気に遊べるようになるといいなー。」

「チーン!」

「そうだな。」

「ゲッツ!」


 僕らの会話の合間にセオがオモチャのボタンを押して効果音が流れる。


「……セオ、もうそれ止めようか。」

「え!? なんで!?」

「うるさいから。邪魔だし。」

「えーー!」

「ゲッツ!」

「ソンナノ関係ネエ!」

「ザンネン!」

「チーン!」

「オッパッピー!」


 僕は家に帰るとセオからオモチャを取り上げて押し入れに封印した。

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セオと僕のコメディ 加藤ゆたか @yutaka_kato

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