展望

 「最近、変なニュースが多いね」

スマートフォンを慣れた手つきで操りながら、

菫は言った。

数年前から同棲を始め、見慣れた

家のテーブルの向かいに彼女は座っている。

「何を食べても体が強い拒否反応が出しちゃって、

食べ物を食べられなくなるっていう病気が

流行ってるんだって」

「世界不信症、みたいなやつだ」

「そうそう、それそれ」

僕が言うと、彼女は頷きながら再び口を開いた。

「あとは、

林檎のカードを現場に残していく連続殺人犯とか、

高校生の女の子が核爆弾を爆発させた、とか」

「ああ、ちょっと前にあったよね。

当時結構話題になってたシリアルキラーが

その事件に関わっていたらしいよ」

菫はこちらに目を向けて、聞いてきた。

「その子達って、捕まったんだっけ?」

「さあ、そこまでは知らないけど」

「そっか、じゃあ、捕まってないといいな」

彼女はスマートフォンをテーブルに置き、

大きくなったお腹を優しく撫でた。

そして「楽しみだね」と、

儚げな声で彼女は笑いかけてきた。

出会いたての頃から随分時間が経って、

顔立ちもすっかり大人びた菫だが、

不意に、あの頃のような

笑顔を見せてくることがある。

その度に、甘い匂いが蘇って、心臓が跳ねた。

「前から、女の子がいいって言ってたもんね。

菫の子だから、きっと可愛い子が生まれてくるよ」

「朔真君との子でもあるんだから、

ちょっと不思議で、魅力的な女の子になるね」

菫は愛おしそうな、甘い視線を向けてくる。

僕は手を伸ばして、彼女の頭を優しく撫でた。

頭を撫でられる時の、

彼女の猫のような表情は今でも変わらない。

頬の切り傷も、

薄らとした赤い線として残っていた。

「私達、これからどうなるんだろうね」

菫は期待感をたっぷりと含んだ、

暖かい声を出した。

「私は、朔真君のことも、この子のことも、

すごく大切に思ってる。

でも、神様って、

簡単に人の幸せを奪っていくでしょ。

私、今すごく幸せだから、ちょっと怖いの」

「僕も、菫のことが好きだよ」

頭を撫でながら、僕は言った。

「大事なことは、今の幸せを

ちゃんと噛み締めておくことだと思う。

僕達の未来がどうなるかなんて、

神様の気分次第かもしれないから」

「じゃあ、神頼みに

神社にでも行ってみようか?」

「案外、効果はあるかもしれない」

彼女は小さく微笑んだ。

「なら、せめて、祈っておこうよ。

神様に届くかどうかは分からないけど。

みんなが幸せに生きられますようにって」

「悲しいことに、

僕達に出来ることはせいぜいそれくらいしか

ないもんね」

僕達は正しい作法も知らないまま、

適当に手を合わせ、祈った。

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冷たい世界で歪んで絡む 九頭坂本 @Tako0419

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