女神のやさしさ入りオムライス

さやあくた

すっごい女神の慈愛を注入するわ!

 この街に女神喫茶なるものができたらしい。

 その名の通り、女神様が客をもてなしてくれる軽食屋なのだという。

 こんな敬虔さの欠片も感じられない店など、神殿が幅を利かせている他の主要都市では開業することさえできないだろう。


 しかしここは無限都市『アンキバラ』。

 領主や神殿の影響力から解放される数少ない都市なのだ。

 よって、自由を求めるおびただしい数の人々が、どこからか、絶えずこの都市に流れてくる。

 人口の増加に伴って、住居や施設が上へ上へと増築されていき、この都市そのものがまるで巨大なダンジョンのような外観だった。

 

 俺の名は『クオタ』という。

 ここしばらく、アンキバラを根城にしている冒険者だ。

 今はほとんど、アンキバラの情報収集を生業としている。

 アンキバラ冒険者ギルドへの依頼は、情報収集が多いのが特徴である。

 なぜなら刻一刻と、都市が姿を変貌させていくからだ。


 ちなみに俺が今受けている依頼内容は「『アンキバラの歩き方』執筆のための資料収集」である。

 依頼主は『アンキバラ情報ギルド』だ。

 よって俺は、女神喫茶なる店に足を運び、依頼主のために情報を仕入れなければならない。


『女神様』と聞いて無条件に胸を躍らすようならば、そいつは女神を何も知らない。

 そんなものは、神殿が崇拝する聖典の中だけの幻想なのである。

 と、俺は知っている。

 なぜなら俺は、女神と共に旅をしているからだ。


「まあ、よくいらっしゃいました、敬虔なるわが子よ……げっ。ク、クオタじゃない。なんで……!」


「げ、じゃねえよ! なんでこんなとこで働いてんだよ!」


 女神喫茶『アンキバライフ』のドアを開くと、一人の女神が迎えでた。

 お分かりだろうが、こいつが俺の相棒、女神『キデン』である。

 この店の制服だろうか、一目で女神とわかる服装をしているが、しかし心なしか露出が多目だ。


 ところでこいつは自分が受けていた情報収集の仕事を今日になって突然『体調が悪い』といって俺に押し付けてきたのである。

 それなのになぜ、こんなところで店員として働いているのだろうか。


「だ、だって……欲しいアクセサリーがあって……

 じゃなくて、これにはちょっと、言うに言われぬ事情があって……」


「ハァァ?! アクセサリー?!

 そんなんでいきなり別の仕事に鞍替えしていいわけないだろ!?

 俺はお前が急に『キャンセルする』とか言い出した、その情報収集の仕事の尻ぬぐいでここまできたんだぞ!

 こういう確実な仕事をないがしろにしてたら、いつか食いッぱぐれちまうぞ!」


「そ、そんな怒鳴んなくていいじゃない……!

 ギルドの受付のお姉さんに『耳よりの情報』として教えてもらった仕事なんだもん……それに、依頼人の名前をみたら断り切れなくて……

 ていうか、情報収集の仕事がまさかこのお店だったなんて……」


「しっかり内容を読まないからだ。ったく」


 どうせ大ざっぱにしか内容を見ていないのだろう。

 しかし報酬だけは熱心に見る。こいつはそういう女神だ。


 女神『キデン』は雷にまつわる女神である。

 ある出来事がきっかけで天界を追放され、簡単に言えば、今は『地上をよりよくするための奉仕活動中』なのだそうだ。

 しかし天界の神々も、追放した女神がまさか女神喫茶で働くとは思ってもいなかっただろう。


「そういえば依頼人の名前がどうたら言ってたけど、誰なんだ?

『アンキバラ情報ギルド』よりも信頼のおける依頼人なのか?

 滅多にいないぞ、そんなやつは」


 そう訊くと、キデンはこっそり俺に耳打ちしてきた。


「この店のオーナー、『ライフ』様なのよ。あの女神『ライフ』よ」


「……本当にいるのか? あの大女神『ライフ』が、地上に? まさかお前と同じく追放されたのか?」


「バッカ違うわよっ。地上に降りてくるモノ好きな神様も、そこそこいるのよ。もちろんいつだって天界へ戻れるわ」


「そうか、しかしライフ様がなあ。今この店にいるのか? ちょっとだけでも顔を見てみたいんだが」


「ああもう、だから秘密にしておきたかったのよ……! ライフ様、そういうの一番イヤがるんだから!」


「しょうがないだろ。うちは代々ライフ様を崇めてきてんだから。でどこにいる?」


「……厨房にいるわ。覗いちゃダメよ。って、あーもう! ダメだっていってるでしょ!」


 俺はすぐに『隠密』スキルを発動してこっそりと厨房を覗いた。


 この大陸で『女神像』といえば、それすなわちライフ様の姿を表した像のことをさす。

 それほどまでに大陸の隅々にまで勢力範囲を広げた女神様の像は、どれも慈愛に満ちた眼差しを湛え、優し気な顔立ちをしている。

 女神といったらライフ、ライフといったら女神。

 俺も小さい頃からライフ様の像に数えられないほどの祈りを捧げてきた。

 一口に女神と呼ばれる存在であっても、俺の相棒の女神キデンとは、格が数段違うのである。

 

 厨房を覗くと、そこには長い髪を後ろで無造作に結わいた、女の料理人がいた。

 細い巻きたばこから煙をくゆらせ、椅子にどっかりと腰を下ろし足を組んで情報誌『アンキバラの歩き方』に目を通している。


 そんなことはいい、ライフ様はどこだ?

 キデンは厨房にライフ様がいるといった。

 しかし見る限り、狭い厨房には料理人しかいない。


 俺は戻ってキデンに耳打ちをした。


「キデン、なんだかふてぶてしい料理人しかいなかったぞ。ライフ様はご不在か?」


「なに言ってんのよ、クオタがみたのがライフ様よ。この店で料理を作ってるのはライフ様よ」


「……冗談だろ? ……あれが? あの暗殺ギルドのおっさんみたいな雰囲気の料理人がか?」


 いや、ありえないだろう。

 あの料理人の表情には慈愛もへったくれもなかった。

 あるのは張り付いたような仏頂面と、なにか得体のしれない底知れなさである。

 俺が抱く女神ライフのイメージからはあまりにもかけ離れすぎている。

 

「誰が暗殺ギルドのおっさんだって?」


 俺とキデンの背後から、すべての生命を射殺すような冷たい声が放たれた。

 冒険者として数々の危機を潜り抜けてきた俺でさえ「ヒュイッ」っと言ってしまうくらいの冷たさだ。

 これは明らかにただ者ではない。


「ら、らららライフ様! クオタ、あやまりなさい!

 あんたライフ教徒なのにライフ様に消されるわよ!」


「なんだ、そこのお前、私をあが めているのか。ふむ、本当のようだな。

 まあいい、不信心な発言は不問にしてやる。何か食っていけ。

 ……それにキデン、私の名は出すなと言ったはずだ。

 熱心な信徒に押し寄せられても困るからな」


「は、ひゃい! 今後気を付けます!」


 女の料理長、いや……ライフ様はきびす を返し、厨房に戻っていった。


『女神様』と聞いて無条件に胸を躍らすようならば、そいつは女神を何も知らない。

 ……とは先ほどの俺の言だが、唯一の例外があるとすればライフ様だと思っていた。

 俺も、人のことを何も言えないな。


「ふぅ……クオタ、命拾いしたわね。

 ちょっとはわかったでしょ? わたしがなんで情報収集の仕事をほっぽりだしてまで、こっちを選んだのか」


「ああ……大変だな、お前も」


「で、なにか食べていくんでしょ? 席に案内するわ。ここに座って。はいこれメニュー表」


 メニュー表の紙に料理名らしき文字列がずらりと並んでいた。

 そのほとんどが、俺にはなじみのない料理の名だった。

 しかし俺もこの店に情報収集の仕事できているのだ。

 なにか頼まなくてはなるまい。


「このおすすめの、オムライスってのはどういう料理なんだ?」


「オムライス? ライフ様特性のトマトソースで味付けしたお米を、溶いて焼いたトリの卵で包んだ料理よ」


「……お米?」


「ああ、お米って言うのは、ヒノクニという地方で栽培されている穀物よ。

 天界にはお米にまつわる神様がいるくらいだから、私たちはよく知っているわ。とっても美味しいんだから」


「じゃあ、それで」


 正直、説明をきいてもよくはわからないが、お勧めを選んでおけば間違いないだろう。


「オムライス一つ、ね。わかったわ。

 では……少しの間、待っているのですよ、わが子クオタよ」


「いや思い出したように女神ムーブしなくていいから」


「それじゃあ女神喫茶にきた意味がないじゃない、わが子クオタよ」


「やめろそれ次言ったらぶっ飛ばすぞ」


「うわこっわーい。わが子クオタよ」


 俺がガタンと席を立つと、女神キデンは雷のようなスピードで厨房に走っていった。

 その間に机の脚につまずいてコケたようで「イターイ、クオタのバカー」という声が泣き声交じりに聞こえた。


 しばらくすると、キデンが料理を乗せた皿を持って戻ってきた。


「オムライスお待ちどうさま」

 

「キデン、お前さっき大丈夫だったか? 女神とは思えないほど盛大にコケてたけど」


「ふふん。ライフ様に『治癒』ですり傷を治してもらったからへっちゃらなんだよねー」


「あんだけ無様に泣いてれば、ライフ様も放っておけないよな」


「いいから、料理が冷める前にお上がりなさい!」


 テーブルにオムライスなる料理が置かれた。

 鮮やかな黄色、そして紡錘形の食べ物といえば、少し頭をひねればレモンの果実を思い出す。

 しかし味は、酸っぱいだけのレモンとはおそらくかけ離れているだろう。


 何より立ち上ってくる香りがよかった。

 焼けてなめらかに固まったトリの卵の香ばしい香りか?

 いやそれだけではない。

 甘み、そして酸味さえも混然となった、まろやかな香り。


――これは絶対にうまい。


 しかしキデンによると、この中に『お米』なる未知の穀物が包まれているというのだ。

 それが果たして俺の舌に合うのだろうか。

 用心しながら、用意されたスプーンに手を伸ばす。


「ハイすとーっぷ!」


 と、キデンの声でハッと我に返った。


「なんだ、キデン。冷める前に食べろと言ったじゃないか」


「そうなんだけど、オムライスにはこれが必須!

 という調味料があるんだなー」


 ジャーン、と、キデンが取り出したのは、赤い液状の調味料が入った、袋のような容器。

 見たこともない透明の容器だが、ここは無限都市 アンキバラである。

 もういちいち突っ込むのはよしておこう。

 

「これはライフ様特性のトマトソースを詰めた容器なの。これをこうして、こうして……はい、完成!」


「これは……ライフ様の紋章、を描いたのか? オムライスに」


 焼いたトリの卵の黄色の上に、赤いトマトソースが乗ることで、より食欲を引き立てる色合いになった。

 しかもその赤は、ライフ様の紋章である『ハート』と呼ばれる形である。

 なるほどこれが必須な調味料であることは、俺にも頷ける。


「そしてここからが本番なの。

 ライフ様に教えてもらった、この呪文で、私のすっごい女神の慈愛じあい を注入するわ!

 行くわよ! 刮目 かつもくしなさい!」


 キデンはそう言って息を吸い込むと、両手の指でハートを形作って、一息に叫んだ。


「萌え! 萌え! キュン!!!!」


 わからん、わからんが、俺は真顔になった。

 しかしこれがオムライスの完成に必要な儀式というのならば、致し方あるまい。

 このやるせない感情もスパイスに変わるというのなら、いくらだって耐えて見せよう。


「ふう……これで本当に完成。

 私のすっごい女神の慈愛を注入したことで、300倍くらい価値が上がったわ。

 さあ、召し上がれ」


「あ、今のいらない儀式だったんだな?」


 虚無が、すごい。


 ……気を取り直してスプーンを持つ。

 オムライスは、どうやらもう完全体である。


「いただきます」


 俺はオムライスの真ん中、ハートが描かれた部分にスプーンを入れた。

 おそらくかけられたトマトソースと一緒に食べるのが正解だろうから。

 

 一口ひとくち 分をすくって、気になっていた『お米』という穀物を眺める。

 小さな粒の一つ一つにトマトソースが絡まって、赤色に染まっている。

 俺は少しだけ用心した心持で、恐る恐る口の中に入れた。


 うまい。

 

 まず口の中に広がるのは、トマトソースの酸味。

『お米』は弾力と粘り気があり、噛むごとに具材のトリの肉や、甘く焼かれた玉子を巻き込んで混ざり合った。


 うまい、うまい!


 俺は一心不乱に、かき込むようにして食べた。

 情報収集が本来の目的であることを、食べ終わった後に思い出したほどだ。


「ぷはー!」


「おいしかった? ……て、ぷぷ、聞く必要もなさそうね」


「え?」


「口を吹いてあげましょう。わが子クオタよ」


 俺は子供のように、口の周りをハンカチで拭かれた。

 あまりのオムライスのうまさで心が満たされているせいか、キデンのその行為を素直に受け入れてしまった。

 人類全員がこの気持ちになれば、きっと世界は平和だ。


「まったく、本当に子供みたいなんだから」


 キデンに口を吹かれながら、不覚にも、故郷のおふくろのことを思い出した。

 おふくろにも、こいつにも、慈愛なんて大層な言葉は似合わない。

 似合うとしたらもっと別の、そう――しいて言うならば、やさしさとかだろう。


「ライフ様、ごちそうさまでした。大変美味しかったです」


「おお、また来いよ。サービスするよ」


「はい。ではまた、近いうちに」


 ライフ様はやはり椅子にどっかりと座りながら巻きたばこの煙をくゆらせ、片手をあげた。


 俺は家に帰ると、今回の仕事の資料をまとめた。

 キデンによる、オムライスに「ものっすごい女神の慈愛を注入」する儀式なのだが、これはそのまま書いてはいけない気がする。

 もっとおいしく感じるように言い換えておいほうが、ライフ様の店のためだろう。

 


 冒険者ギルドに資料を提出し、少ししてから出された『アンキバラの歩き方』に、俺の資料を元に書かれた一行の記事が載っていた。




『・女神喫茶アンキバライフ 大変美味。おすすめは、女神のやさしさ入りのオムライス。一度はご賞味あれ』

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