花嶋舞韻の困惑

SLX-爺

第1話 花嶋舞韻と相棒

 「どうだ? これなんか?」


 訝しげいぶかしげな顔で顔を覗き込んだ彼は、そう言った。


 私、花嶋はなしま舞韻まいんはちょっと変わった経歴を持つ18歳だ。

 7歳の頃に戦場専門の特派員とカメラマンだった両親を失って以降、現地で兵士生活を送っていたが、裏切りにあって処刑寸前のところを敵兵だった日本人傭兵のフォックスに助けられて、日本へとやって来たのだ。


 17歳にして初めて降り立った祖国は、初めてだらけだった。

 軍人気質と、元の勝気な性格のせいで、日本社会に馴染めなかった私を、フォックスは粘り強く育成してくれた。

 私にとってフォックスは親代わりのような存在だ。


 フォックスのおかげで、高卒認定試験、続いて大学の入学試験に合格した私は、初めての学生生活を送る事となって、同時に運転免許を取得した。

 軍人として生きていれば、運転など日本の免許取得年齢前にマスターしている。私も10歳の頃には、車もバイクも運転して戦地に臨んでいたのでお手のものだが、戦場ではない日本での運転は、フォックスが絶対許してくれなかった。


 免許と同時に、不本意な初心者マークを手に入れた私が、探し始めたのが車である。

 フォックスの家には、車が2台ある。


 1台は古い型の日産サファリ・ロングボディ。

 元軍人のフォックスらしい、4200ccエンジンを積む本格的な4輪駆動車だ。

 そしてもう1台は、かなり古い日産シルビア。

 海外の少年兵として過ごしたフォックスが憧れた車で、中古で買ってから既に10年ほど乗り続けているそうだ。


 フォックスは、そのどちらにも私が乗る事を良しとしないのだ。

 サファリは、私のような小柄な女性が1人で乗って街中を走り回るなど、不経済極まりないと言うし、シルビアはダメとは言わないが、帰ってくると傷が付いてないかチェックしたりして、私が気分が良くないために、やっぱり自分の足があった方が良いと思って、探し始めたのだ。


 そこに出てきたのがフォックスだ。

 フォックスは、一時期中古車バイヤーをやっていた事があって、仕入れルートにも顔がきく事から、希望を言えば探してくると言うのだ。


 なので、私は希望を言ったのだ。

 私の希望はクロスカントリーだと。

 クロスカントリーとは、サファリやトヨタのランドクルーザー、三菱のパジェロ等のしっかりとしたフレームを持つ4輪駆動車の事だ。

 トラックやジープの上にワゴンボディが載ってるようなものだ。

 フォックス同様、戦地で生きてきた私にとって、車とはクロスカントリーなのだ。


 しかし、フォックスが持ち帰ってくる候補車は、どれもこれもSUVなのだ。

 SUVとは、日産のエクストレイルやトヨタのハリアー、マツダのCX-5などのような、乗用車のシャーシの上に大きなタイヤがついているだけの、クロスカントリー乗用車なのだ。

 日本の登録上もしっかり分かれていて、車検証の『車体の形状』欄にSUVは『ステーションワゴン』と書かれている。

 ステーションワゴンって言ったら、ウイングロードやカローラフィールダーと同じ扱いだ、笑わせる。


 私はフォックスをギロっと見据えると


 「フォックス、分かってますよね。私が欲しいのはクロカンだって、なのになんですか? これは。SUVなんて、クロカンのパロディでしょ! しかも2WDなんて……私はお笑いがやりたいんじゃないんです!!」


 と、吐き捨てた。

 すると、フォックスは


 「舞韻、聞きなさい。都市部でクロカンなんて乗ってても、いい事なんて1つも無いんだ。燃費は悪いし、小回りもきかない。ここら辺で妥協しておいた方がクールだぞ。 それと、人を威圧するような目で睨むのはやめなさい!」 


 と、私の両肩を押さえて、真っ直ぐ私を見据えながら言った。


 だめだこりゃ……私は反論を諦めた。

 フォックスが私の生活態度の事について注意している時は、大抵マジだ。

 下手に深追いしても、フォックスの怒りを大きくするだけだ。

 こんな時は、さっさと引いて次のチャンスを待つのがプロだと私は自分に言い聞かせた。


 大体、クロカン乗っててもいい事なんてないから妥協しろなんて、今現在もバカでかいクロカンであるサファリに乗ってるフォックスが言っても私の心に響くわけがない。


 私も軍人だが、フォックスも軍人なのだ。

 いざとなると、上から抑えつけるような事でしか、人を動かせない分からん人なのだ。


 「いいか? 舞韻、今の日本には生きるか死ぬかの思いで通らなければならない道なんてないんだ。これで良かったと思う日がくるから、騙されたと思って乗ってみたらどうだろう? とにかく、一晩考えてみて……な」

 

 夕飯の時も、同じ話題になってしまった。

 今度のフォックスは下手に出て、私のご機嫌取りをしようとしている。

 夕飯の当番の日でもないのに、夕飯を作っているのも、私をなだめすかそうという魂胆だ。

 正直、この程度の事では、私は腹の虫がおさまっていなかったので、思わず言った。


 「考えるだけ無駄系です。私の考えは変わらない系ですからね!」

 「舞韻! 語尾に『系』をつけるのはやめなさいと言っただろう! とにかく、行ってくるから」


 ついカっとして出た、口癖の事でフォックスに更に注意を受けてしまった。

 フォックスは、そう言い捨てると、仕事に行ってしまった。

 フォックスの今の仕事はバーテンダーだが、2ヶ月後に、この間建てたばかりの自宅の1階に自分の店をオープンすることになっている。正直、今のフォックスの頭の中は、お店の事でいっぱいなのだ。


 私は地下室に降りて行った。

 新しく作ったこの家には、地下に射撃場がある。

 私は、懐からおもむろに愛用のコルトガバメントを取り出すと、まとに向けて8発発射した。

 全て中心に狙った通りに当たり、少しスカッとした。

 その時、背後から拍手の音が聞こえたので、瞬時に身構えて振り返った。


 「おいおい、老いぼれに向かって、敵意剥き出しでかかって来ないでくれよぉ……マリー」


 と、初老の男性がホールドアップしながらニヤニヤして言った。

 背が高くて筋肉質、浅黒く日焼けした健康的な肌、小ざっぱりしていて、白髪が目立つが、それがなければ40代にも見えるこの男性は、フォックスの師匠であるシルバーウルフだ。

 ゲリラ兵に拉致された子供だったフォックスを兵士として育て上げ、日本に帰還させ、そして路頭に迷ったフォックスに裏の仕事を斡旋したりした、フォックスの育ての親とも言える人物だ。

 そして、彼がマリーと呼ぶのは、私の裏世界でのコードネームであるブラッディ・マリーからである。


 シルバーウルフはまだニヤニヤしながら近づいてくると、言った。


 「どうしたんだぁ? お前さん、フォックスの奴にあまり銃を抜くなって言われてただろう?」


 私は、あまり関わりたくない人間の登場に素っ気なく後片付けをしながら


 「射撃訓練は禁止されてませんから! それより、なんでここにいるんですか?」


 と吐き捨てた。

 すると、シルバーウルフは、私の胸の辺りに手を伸ばしてきたので、咄嗟に防御すると、肩についたゴミを払った彼は、半笑いしながら言った。


 「おいおい、俺はお前さんに欲情するようなロリコンじゃないぞ。フォックスと違ってな」

 「フォックスも、私に欲情なんてしません!」


 頼みもしないのに、胸が大きくなるせいで、最近自意識過剰気味になっていたのを振り払うように私はズバッと言い放って、そのあと少し寂しさを感じた。

 フォックスとは1年以上一緒に暮らしているのに、全くそういう関係にはならないからだ。

 その様子を見たシルバーウルフは


 「フォックスが、お前さんに何もせんのは、そりゃぁ、自分の娘だと思ってるからだ。娘に手を出したら、人間失格だからな」


 と、フォローするように言った。


 「分かってますよ」


 私は釈然としない思いを呑み込みながら言った。

 シルバーウルフは、その表情を見て取ると、言った。


 「ときに、お前さんは、なんでそんなに腐ってるのか、このジジィに話してみないか?」


 正直、この頃の私は、事あるごとに諭すようにお説教をするフォックスに少しうんざりしていて、その心の隙間に入り込んできたシルバーウルフの言葉についつい今までの経緯を話してしまった。


 シルバーウルフは、私の話をうんうんと頷きながら聞くと、少し考えてから言った。


 「なるほどな、確かにフォックスの奴は、親心のつもりで、お前さんにいろいろ注文を付けすぎだ。しかし、あいつも頑固だから、考えをなかなか曲げんだろう……」


 私はそれを聞いて、やっぱり話すんじゃなかった……と思いながら目を伏せた。


 「しかしだ」


 私はその後に続いた逆説の言葉に、思わず伏せていた目線を上げた。


 「だったらば、逆に徹底的に笑いに走れば、それは一周回って真面目な話になるぞ。どうだ?」


 私は、彼の言ってる事がよく分からなかった。

 その表情を見た彼は、私にスマホの画面を見せて


 「例えば、こんなのなんてどうだ?」


◇◆◇◆◇


 翌朝、朝食の席で私は言った。


 「フォックス、車の件、考えないでもないですよ」

 

 すると、フォックスは表情を明るくして言った。


 「そうか、分かってくれたか、それじゃぁ早速……」


 と言ったので、私はそれを制して


 「いえ、あの車じゃなくて、私の言うを探してください。それならば良いですよ」


 と言った。

 その時のフォックスの、まさに狐につままれたような表情は忘れられなかった。


 数ヶ月後、私の元にやって来たのは、日産ラシーンだった。

 クロカンを模した乗用車で、都市での使い勝手に拘って全高を155センチに収まるように作るなど、徹底的にクロカンをパロって笑いに変えた車だった。


 3年乗って貰い事故で廃車になったが、楽しい思い出だった。


 そして、あれから6年経ち、車を失った私はまたフォックスに頼んだ。


 「ラシーンの5速MT車はなかなか見つからないから、時間かかるぞ」

 「分かってる系です」

 「語尾に『系』はやめなさい!」

 「は~い」

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