第2話 からくり少女の水浴び

大スピシディアはゴンドワルナ大陸の中東部にある森林地帯。その広大さ故に「無限の森」と呼ばれており、多くの人々はそれを信じている。


この森に一歩でも足を踏み入れれば、そこは数多くの魔物や妖異の潜む危険な魔境となる。


そんな人外魔境の森を、旅する人形の姉妹が歩いていた。


彼女たちは、冒険者姉妹のアオナミとカガリビ。彼女たちの旅の目的は、人形の始祖であり自分たちの師匠であるアミラナの願いを叶えることである。


アオナミ:「あ~あ、やっぱり水浴びは気持ち良いわよね」


カガリビ:「いきなりサービス回とは、さすがお姉ちゃんです」


アオナミ:「カガリビが何を言ってるのかわからないけど、とりあえず下着は付けておきなさい。論理的には大丈夫なはずなんだけど……」


カガリビ:「精霊さんたちてきにはNGでBANされるかもしれないということですね、お姉ちゃん」


アオナミ:「相変わらずカガリビが何を言ってるのかわからないけど、きっとその通りよ」


アオナミ:「ふぅー! もうお腹いっぱい!」


カガリビ:「それは良かったです。ところでお姉ちゃん」


アオナミ:「ん?なに?」


カガリビ:「何度も言いますが、人間の舌は何メートルも伸びたりしないはずですよ?」


アオナミ:「もう! それはわかってるってば!」


カガリビ:「カガリビが言いたいのはそのことだけではないのです」


アオナミ:「じゃ、なによ!」


カガリビ:「人間は、舌を銛にして魚を採ったりしないのです。しないはずです」


アオナミ:「じゃぁ、どうやって魚を取るの!?」


カガリビ:「……わかりません。わかりませんが、きっと舌を銛にしたりはしないと思います。だって……」


アオナミ:「だって、ゴブリンやコボルトがそうしないから?」


カガリビ:「はい」


アオナミ:「そんなこと言ってるけど、あんた人間見たことないでしょ? それに……」


カガリビ:「始祖さまが最後に人間を見てから2000年も経ってるから、今頃は人間も舌を銛にしているとお姉ちゃんは言いたいのですよね」


アオナミ:「そうそう。その通り、よくわかってるじゃない」


カガリビ:「でも始祖さまが生まれる前からいたゴブリンやコボルトは、今も舌を銛にしていないのです。それに……」


カガリビ:「ゴブリンやコボルトと戦う時、お姉ちゃんの舌が伸びるのを見ると奴ら腰を抜かしますよね?」


アオナミ:「抜かすね。でもあんたと違ってあたしは近接向きじゃないから、近づかないように牽制をかけてるだけよ。実際に刺したことはないでしょ?」


カガリビ:「はい。ですがお姉ちゃんの舌が伸びるのを見たときの奴らの表情は『えっ!? マジこいつ何なの?』というものだったとカガリビは思うのです」


アオナミ:「そんなのわかんないじゃない。ゴブリンなんて異種族の雌をはらませる性欲の権化よ。だったらあいつらが考えることなんて決まってるでしょ」


カガリビ:「決まっているのですか?」


アオナミ:「もちろんよ。『おっ、この雌ときたら俺さまが思っていた以上の美少女だぜ。吃驚した』からの腰抜かしかもしれないじゃない」


カガリビ:「なるほど。そうだったのですか。さすがお姉ちゃん。鋭い洞察力です」


アオナミ:「ふふふ。いくらでも褒めて良いのよ。図書館にあるウス異本棚は全部読破しているから!」


カガリビ:「なんとそうでしたか!? 確かあの中には読むと全身が腐食する呪いが掛かった異本もあると聞いてますが、お姉ちゃんは大丈夫だったのですね」


アオナミ:「ふん。あの程度、どうってことないわ。ただ同系統の人型がくんずほぐれつするだけよ」


カガリビ:「なんだそうだったのですか。それにしても人型がくんずほぐれつして一体どうするのでしょうか。がちゃがちゃ音がうるさいだけのような」


アオナミ:「カガリビはまだおこちゃまね。人型の材質の違いからくる音の変化を楽しむのよ」


カガリビ:「なるほど、わたしたちの身体の材質の違いを利用した打楽器演奏ということだったのですね」


カガリビ:「でもそれだけなら、暖簾をくぐらないと入れないウス異本棚に腐食本を置く必要はないように思うのですが」


アオナミ:「そ、それはね……。いや、これはカガリビにはまだ早いかなぁ」


カガリビ:「教えてください! お姉ちゃん、カガリビは大人の階段を上りたいのです」


アオナミ:「えっとね。その……ウス異本というのはね。内臓と内臓をくんずほぐれつするのよ」


カガリビ:「えぇ!? そんなお互いを取り込むようなことしたら融合しちゃうじゃないですか!?」


アオナミ:「するかもね。まぁ、また分裂すれば問題ないけど」


カガリビ:「お姉ちゃん。カガリビと融合しましょう! カガリビ、お姉ちゃんとくんずほぐれつしたくなってきました」


アオナミ:「駄目よ! わたしは最初の相手は人間って決めてるの。あんたもそうしなさい」


カガリビ:「わかりました。お姉ちゃんの言うとおり、私も最初の相手は人間にすることに決めました」


カガリビ:「そこでお姉ちゃんに質問です」


アオナミ:「なに?」


カガリビ:「もし人間と融合したらどんな感じになるのでしょうか? さっきお姉ちゃんが融合したお魚さんとの違いを教えてください」


アオナミ:「それはわからないけど、ウス異本では『気持ちよくて、このままじゃらめになっちゃうのぉぉ!』ってくらい気持ちいいらしいのよ」


カガリビ:「そうなのですか!? お魚さんたちがそのように感じているように見えないのですが……」


人外魔境、大スピシディアのその奥深くに、生きている人形たちの国がある。


もちろん彼女たちは人間ではない。木や石で作られたその人型の中には、遥かな太古に宇宙から飛来した粘性生物が入っている。


最初に人形に封じられた始祖を除き、2000年間、人間と接触した人形はいない。


アオナミ:「そう? まぁ、その辺は実際に確かめてみるしかないわね」


カガリビ:「なるほどです。カガリビ、人間さんとの出会いが楽しみになってきました」


アオナミ:「そうね。早く人間と遭えると良いわよね」

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