人形の国
第1話 からくり少女
大スピシディアはゴンドワルナ大陸の中東部にある森林地帯。その広大さ故に「無限の森」と呼ばれており、多くの人々はそれを信じている。
この森に一歩でも足を踏み入れれば、そこは数多くの魔物や妖異の潜む危険な魔境となる。
人間種はもちろん魔族とても滅多なことでは立ち入ることはない大森林だが、森の奥深くまで辿り着くことができる者にはまた違った世界が広がっていた。
銀髪の賢者が書き記した『シュモネー昆虫記』の中には昆虫についての観察のみならず、この大森林で遭遇した不思議な国や人々についての考察が語られている。
そんな森の中を進む2人の少女がいた。一人は長い緑の髪と青い瞳を持つ少女。正確には少女の姿をした人形だ。
彼女に近づいてよく見れば、その肌には木目が走っているのが見える。
もう一人は長い銀髪を後ろで一つにまとめている。赤い瞳に彼女も同じく木目の肌。ただ全身に焼け焦げた跡が痛々しく残されていた。
彼女たちは、大森林スピシディアの奥深くにある人形の国を出て旅を続ける冒険者姉妹。緑のアオナミと紅蓮のカガリビである。
彼女たちは、人形たちの始祖であり自分たちの師匠であるアミラナの願いを叶えるために旅を続けていた。
アオナミ:「ちょ、ちょっとカガリビ……ハァハァ……休憩……休憩しよう! お姉ちゃん、そろそろ疲れて来た」
カガリビ:「何言ってるの? さっき休憩したばかりでしょ。お姉ちゃん体力なさすぎ。そんなんじゃ森なんてとても抜けられないよ」
アオナミ:「あ~もう駄目、もう疲れたー!」
カガリビ:「こんなところで地面に座り込まないで! まったくもうお姉ちゃんてばもう!」
アオナミ:「いくら呆れた顔されても、あたしはもう足が棒になって動けませーん!
カガリビ:「もともと棒じゃないですか。バカなこと言ってないでほら立って!」
アオナミ:「……おんぶ……」
カガリビ:「足に紐を結んで引き摺って行くなら……やりましょうか?」
アオナミ:「おんぶ! おんぶがいい! 休憩しないならおんぶして! カガリビおんぶして! ……ってロープ出すのやめて! 何するつもり!?」
カガリビ:「大丈夫、痛くないですよ。わたしは」
アオナミ:「あたしは痛いのかー! わかった! 歩くから! ちゃんと歩くからロープしまって!」
カガリビ:「聞き分けの良い姉は大好きです」
アオナミ:「あたしは妹が恐ろしいよ。でもこの次に腰かけられる倒木や石があったら、そこで休憩するからね!」
カガリビ:「わかりました。お姉ちゃんの仰せのままに」
アオナミ:「まったく。禁呪を使ってゴーレムに岩を持ってこさせようかしら」
カガリビ:「お姉ちゃん、拗ねないで。この場所を早く通り過ぎたいのは本当なの」
カガリビ:「お姉ちゃんを怖がらせたくないから黙ってたけど、さっき大きな木喰い虫の巣を見かけたんです。こんなとこさっさと抜けましょう」
アオナミ:「ひぃぃぃ! それならそうと言いなさいよ! こんなところ駆け足で抜けるわよ!」
カガリビ:「なんだ。走れるんじゃないですか」
アオナミ:「え? 木喰い虫はウソだったの?」
カガリビ:「それは本当です。一刻も早くここを抜けましょう」
アオナミ:「うひぃぃぃぃ」
カガリビ:「ちょっと、お姉ちゃん待って!」
―――――――
―――
―
アオナミ:「ひぃひぃ、はぁはぁ、この辺までくれば大丈夫……ぜぇぜぇ……よね?」
カガリビ:「はい。あいつらは明るくて風通しの良い場所を嫌うのでここなら休憩しても大丈夫だと思います」
アオナミ:「やっと休憩だー! 水! 水を飲もう!(ニュルニュルニュル)」
カガリビ:「お姉ちゃん! いくら喉が渇いてるからって舌をそんなに伸ばして水筒に突っ込まない! 舌を伸ばすのは最大5cmまでって師匠に言われたでしょ」
アオナミ:「いいじゃん! いいじゃん! 誰も見てないんだし! お姉ちゃん的に舌は2mまでは許容範囲なの」
アオナミ:「それともカガリビは人間を見たことあるの? 本当に舌は5cmまでなの?」
カガリビ:「いえ、もちろん見たことはありませんが、師匠はそうおっしゃってましたから」
アオナミ:「でしょ? だいたい師匠だって最後に人間を見たのは何千年も前の話だよ?」
アオナミ:「もしかして今頃は舌なんて2mくらい平気で伸ばせるようになってるかもしれないじゃない?」
カガリビ:「はぁ……そういうものでしょうか。まぁ見てないと言われてしまえば反論のしようもありませんが」
アオナミ:「心配しないで、誰もいないからやってるだけ。もし人間に出会ったらちゃんと観察してからマネするわよ」
カガリビ:「お姉ちゃんがやらかしそうで心配です。人間は見たことありませんが、ゴブリンやコボルトなんかの舌は短かったですよ」
カガリビ:「多くの魔族は人間に近い外形をしていると言いますから、やはり舌は短いと考えておいた方が良いのでは?」
アオナミ:「わかったわかった。そんなことわかってるよ。とにかく誰もいないからやってるだけ! ほらアオナミも舌伸ばしてみ! 気持ちいいよー!」
カガリビ:「遠慮します。はしたないです」
アオナミ:「あー、この自分の内臓を天日干ししているような背徳感。たまらん!」
アオナミ:「そもそも始祖様より前の私たちの祖先は人型なんて纏わず、中身のままこの世界を闊歩していたそうじゃない」
アオナミ:「この内臓天日干しは、あたしたち本来のライフスタイルなのよ」
カガリビ:「確かにそうかもですが、そういうのヌーディストとかフルチンと言って人間の間では忌避されているそうですよ」
カガリビ:「師匠が服を着ない・化粧しない・独身の女はモジョーと言って迫害の対象になると言ってました」
カガリビ:「ちなみに男の場合は存在すら認知の外に放り出されるそうです。認知の外にあるので特別な呼称すら与えられていません」
アオナミ:「まったく人間ってのは大変だよね。いや、そこからさらにあたしたちは人型を纏うわけだから、人間よりもっと大変だってことか」
カガリビ:「人間になりたいという師匠の願いは、そういうところから来ているのかもしれませんね」
アオナミ:「あたしたちは気にならないけど、師匠のように何千年も同じ人型を纏っていたら面倒に感じちゃうのかもね」
カガリビ:「人間になりたいくらい、人型を纏うのが嫌になると?」
アオナミ:「なるのかもねぇ」
カガリビ:「まぁ、師匠が本当にそんなことを考えているのかどうかは、わたしたちにはわからないですけどね」
アオナミ:「そうね。でも、師匠が人間になりたいって思っているのは間違いない。その願いを叶えるために私たちはこの旅を続けている」
カガリビ:「はい。お姉ちゃん」
アオナミ:「さて、そろそろ休憩も終わりにして先を急ぎましょうか。いつまでも師匠を待たせておくわけにはいかないわ」
アオナミ:「カガリビ、立ちなさい! 早く人間になる方法を探すわよ」
カガリビ:「お姉ちゃんがやる気になってくれてとても嬉しいです。が……」
カガリビ:「ただ今朝から数えて、同じやりとりが5回目です。実のところカガリビは少々辟易しています」
カガリビ:「そもそも師匠は人間の伴侶を亡くしてから2000年以上待ち続けているのです。なので、それほど急がなくても良いのでは?とカガリビは考えます」
アオナミ:「かーっ! そうやってのんびり構えているから2000年も経っちゃったんじゃない! 『特売日は急げ!』って人間のことわざにもあるでしょ!?」
カガリビ:「そんなの聞いたことがありませんが。ただ確かに特売日は急がないといけないのは間違いありません」
アオナミ:「とりあえずは獣人の国に向うわよ! あそこは人間との交流があるらしいから、もしかしたらあたしたちも人間に遭えるかもしれないわね!」
カガリビ:「そうですね」
アオナミ:「それじゃ次回はどうしてあたしたちが可愛いのか。それとカガリビの身体が焼け焦げているのはなぜかというお話でもしようかしら」
カガリビ:「お姉ちゃんが何を言ってるのかよくわからないけど。とりあえずつづきます!」
※続くこともあります。
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