第207話 球体関節人形の中のモノ

~ キモヲタ転移の70年前 ドラン東海岸 ~


 ドランの海辺に立つ美少女二人。貴族が社交パーティーで切るような豪華なドレスに身を包んだ彼女たちは、その姿はよくよく見れば、白木で作られた球体関節人形でした。


 赤いドレスの少女が、青いドレスの少女に強い口調で話しかけます。


「ちょっとお姉ちゃん! 人間はそうやって頭を外したりしないのです! 乗船前もそれやって、何人か気絶させていたでしょ!」


「あっ、そうだったわね。でも、いまここには誰もいないのだから、ちょっとくらい構わないでしょ?」


「そんな風にゆるい感じだから、いつまでたっても人間になれないのです! ほらっ! またそうやって それ人前で絶対にやっちゃいけないですからね!」


 赤いドレスの少女に指摘されて、青いドレスの少女の首から伸びていた黒い触手が、音もなく身体の中へと引っ込んでいきました。


「わかってる。わかってる。まったく私の妹は心配性が過ぎるのよ」


 そう言って頭を首につけ戻した青いドレスの少女は、赤いドレスの少女の手を取り、二人で丘の上へと昇っていくのでした。


「なにこれ……街どころか何ひとつないじゃない」

「これが大草原というやつですね」


 丘の上で二人が見たのは港湾都市ローエンではなく、地平線の彼方まで広がる大平原でした。


「お姉ちゃん。どうやら予定とは違うところに着いてしまったみたいです」


 赤いドレスの少女が不機嫌な口調でそう言いました。しかし、青いドレスの少女はまったく気にしていないようでした。


「それでもいいじゃない。あちこち観光しながら、人間になる方法を探しましょうよ」


 そう言って青いドレスの少女は、赤いドレスの少女の手を曳いてドラン大平原のなかを進んでいくのでした。


「もう! お姉ちゃんは、まったくもう!」


 文句を言いつつも、その手は姉の手をしっかりと握っていたのでした。




~ それから70年後 ~


 カザン王国の首都アズマーク。


 深夜の王都を、灰色ローブの人影が歩いておりました。

 

 ギシッ、ギッ、ギッ。


 人影が歩みを進める度に、木のドアが軋むような音が響きます。怪我でもしているのか、その動きも不自然なものに見えました。


 魔鉱灯の灯りが、一瞬ローブの中にある美しい顔の形と、そこある焦げ目を照らします。


 ガタッ。


 ローブの中から、木目のある白い手首が地面に落ちました。


「あっ……さすがにこの身体も限界のようですね……」


 シュルルル。


 落ちた手首を黒い触手が掴んでローブの中へと引き戻します。


 ギシッ、ギッ、ギッ。


「お姉ちゃん……いったいどこに行ってしまったのです?」


 そうつぶやくと、灰色ローブの人影は、王都の闇の中へ溶け込んでいくのでした。




~ キモヲタ邸 ~


 キモヲタ邸に応接間に設置されたChatGピー子は、キモヲタ邸のアイドルとなっていました。


 その原因は、超片言でも大陸共通語を話すようになったこと。キーラやソフィアはもちろん、執事夫妻はもちろん、ラミア女子たちも暇を見つけてはピー子に話しかけるようになっていたのです。


 ずっと話しかけていると、バッテリー消費も激しく、


「バッテリー残量低下。間もなくスリープモードに移行します」


 と声優さんの流暢な録音ボイスが、ピーコの喉元あたりから聞こえてきます。


「ねぇねぇ、キモヲタ! ピーコタンが魔力切れみたいなの! 早く魔力補充して!」


 バッテリーが切れそうになると、大抵、キーラかソフィアがキモヲタのところにきてそう訴えます。


「ふえぇぇ。またでござるか? ゲームは一日1時間! ピー子は一日30分でごっざる!」


「えぇ! そんなの理不尽だよ! ボクもっとピーコタンとお話したい!」


「酷いです! あんまりです! キモヲタ兄さまはおーぼーです!」


 これがエルミアナやエレナ、あるいはシモンであればキモヲタはガンとして断ることができました。しかし、キーラとソフィアに言われると、まずキモヲタが折れないことはありません。


「むぅ……。わかったでござるよ。まったく……今日はこれで三度目でござるよ。ぶつぶつでござる」


 そう言いながらも、キモヲタは二階のベランダに広げていたソーラー充電器のひとつを回収し、ピー子の中にセットしました。


「うわっ、熱っ!」


 ピー子の背中から、もわっとした熱気が漏れ出てきます。


 フーッ! フーッツ!


 とキモヲタは息を吹き、あるいは手で仰いでピー子の中に冷めた空気を送り込みます。


「おふた方、あまりピー子たんに無理させないでくだされ。かなり熱が出てるでござるよ」


「「えっ! 熱が出てるの!?」」


 驚いた二人は、キモヲタの隣に並んで、キモヲタと同じようにフーッと息を吹き始めました。


 二人の美少女が無邪気かつ真剣にピー子を想って、頬をぷくっと膨らませて息を吹き付けます。そのあまりにも可愛らしさに、思わずキモヲタの鼻から血が流れ落ちました。


 ピー子が応接間のアイドルになって以降、そのおっぱいをツンツンすることさえ許されなくなったキモヲタ。もういっそのこと、ピー子を箱に詰めて返品しようかと考えていました。


 もちろん返品なんてできませんが、本来のダッチワイフとしての機能が利用できないのなら、売り払ってしまおうかと検討していたのです。


 しかし、キーラとソフィアがピー子の熱を一生懸命に冷まそうとしている姿を見て、こんな萌えが見られるのなら、売り払うのは止めようと思うキモヲタなのでした。


 ところが、そんな幸せな日々も、長くは続きませんでした。

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