第46話 備えあれば憂いなし

 ジンの愛撫を三十分も食らうと、タクミの心はチーズフォンデュみたいに溶けきってしまった。


 意識したわけじゃないのに脚を開いてしまう。

 ジンから指摘されて赤面するハメになった。


「どうした? 俺を誘っているのか?」

「本当に意地悪なのですから」


 ジンが軽く咳をする。


「喉が渇いたな。体温が高いせいか」

「それでしたら……」


 タクミはサイドテーブルに置いてあるミネラルウォーターへ手を伸ばした。


「こんなこともあろうかと、お水を二本置いておきました」

「用意がいいな。さすが俺の惚れた男だ」


 ジンはタクミのこめかみにキスすると、ペットボトルの中身を一気に七割くらい飲み、口元を手の甲でぬぐった。


「残りはタクミが飲んでくれると助かる。そっちの一本は温存しておけ。二時間くらいしたら飲みたくなるだろう」


 二時間といったらサッカーの試合より長い。

 本当に壊されちゃうかもと思った瞬間、恐怖とは違うゾクゾク感が下腹部から込み上げてくる。


「最後に一つ、タクミに伝えておきたいことがある」

「どうしたのですか、急に?」


 加湿器のライトが赤からオレンジへ切り替わり、やや強張ったジンの横顔を浮かび上がらせる。


「隠してきたわけじゃないが、俺の秘密を打ち明けないといけない。俺の将来に関わることだ。タクミの将来にも少し関わるだろうな」

「はぁ……もしかしてお父さんが有名企業の社長で、跡を継ぐ予定とかでしょうか?」

「おいおい、漫画の読みすぎだろう!」


 大真面目に答えたつもりが、ジンに笑われてしまった。


「安心しろ。そこまで突飛な秘密ではない。ついでに言うと持病があるとかネガティブな話でもない。パートナーになってくれる人には絶対に打ち明けておきたい秘密だ。明日中には話す。これを知ったら後戻りできなくなるぞ」

「覚悟はとっくにできています。地球の反対側だろうが宇宙空間だろうがジンさんにお供します」


 タクミは視線をジンの下半身へスライドさせた。

 無限におしゃべりしたい気もするが、初夜にはもっと大切な儀式がある。


「それよりジンさん、早く……」

「積極的に求めてくるタクミも悪くないな。こんなに興奮したのは初めてだ」


 ジンはベッドから抜け出してクローゼットを開けた。

 紙袋の中からペットボトルのような半透明の容器を取り出す。


「タクミはBL漫画家だから、これが何か分かるよな?」

「ローション……ですよね?」

「そうだ。もしかして実物を見るのは初めてか?」

「いえ、店頭で手に取った経験くらいならあります」


 ディスカウントストアのアダルトコーナーに入った時、勉強のために観察したのだ。


「ローションを用意しているってことは……」

「もちろん前々から狙っていた。天野が居候するようになった翌日には、こっそり買っておいた。いつチャンスが転がり込んでくるか分からないからな。備えあれば憂いなしだろう。狙った獲物は逃したくない主義なんだ」


 よっぽど物欲しそうな顔をしていたらしく、


「そう急かすなよ。次の朝日が昇るまで時間はたっぷりある」


 とジンは大人の笑みを返してきた。




《作者コメント:2022/03/28》

R18突入につきシーンが飛びます!

ストーリー進行上、問題ないです!


※データ上は『第46.5話』が存在しますが、一般の読者様向けには非公開となります。

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