第45話 触れたかったもの
呼び方を変えたい。
タクミの要求に対するお返しなのか、ジンからも新手の要求が飛んできた。
「タクミの手を借りてもいいか?」
「手ですか? マッサージでしょうか?」
「そうじゃない。手を恋人つなぎしたいという意味だ」
タクミが黙って手を差し出すと、ワンサイズ大きな手が絡んできた。
ジンの指は一本一本が筋肉質だから、タクミの細い指なんてあっという間に支配されてしまう。
「タクミの指はいいな。漫画を描いている人間の指だ。ちょっと力を込めると折れちゃいそうだ」
「そういうジンさんの指は格好いいです。明らかに強そうです」
「いちいち俺を喜ばせすぎだ、タクミは」
ジンのもう一方の手がタクミの腰に食い込んだ。
あっ⁉︎ と変な声が出てしまい、ジンがニヤリと笑う。
「可愛いな。もっと
「初めてなので。優しくしてくれると嬉しいです」
「当たり前だ。いくらでも優しくしてやる」
こういうボディタッチも一種のコミュニケーションなのだという当たり前の事実に気づかされた。
「触ったらダメな箇所はあるか?」
「いえ……特には……」
ジンはタクミの反応を確かめながら、タッチする場所や強さを変えていく。
リアクションを楽しみつつ、どこに触れるとタクミが喜ぶのか、研究しているのだろう。
自分もジンの体に触れてみたい。
おねだりする犬のように上目遣いを向けてみた。
「いいぞ。タクミも俺の体に触れてくれ」
許可をもらえたのが嬉しくて内心で『やった!』と小躍りしてしまう。
まずはジンの髪の毛に触れてみた。
日中はワックスで固めているけれども、今は風呂上がりだから指通りがいい。
それから首筋にも触れてみた。
タクミとは太さも硬さも違う。
トレーニングの賜物というやつだろう。
「前から気になっていたのですが、首の筋肉ってどうやって鍛えるのですか? もしかして首でバーベルを持ち上げるのですか? それとも手を使わない逆立ちとかですか?」
「タクミは面白いことを言うな。普通にダンベルで鍛えるさ。負荷のかかる部位を意識しながらやるんだ」
タクミは頷いてから手を下へスライドさせる。
ジン自慢の胸板にぶつかった。
「あれはやれますか? 大胸筋をピクピク動かすやつ。アスリートがたまに披露するやつです」
「少しだけな。分かるか、ほら」
ジンの胸板の動きが服越しでも伝わってきた。
おお、と感嘆の声を上げてしまう。
「ずっと編集の仕事をやっていると、肩こりと腰痛が辛くてな。知り合いに勧められて筋力トレーニングを始めるようになった。すると筋肉を育てるのが楽しくなってきた。自分のためにやっていることだ。だが、タクミから褒められると嬉しいな」
「俺は筋肉が付きにくい体質なので。とっても羨ましいです」
六つに分かれた腹筋にも触らせてもらった。
窪みのところに指を走らせると、ジンは声に出して笑った。
「くすぐったいな。遠慮がちに触られると」
「すごく硬いです。ヒーローみたいです」
タクミのお腹は痩せている。
ダイエットしていると言うより、学生時代から金欠で、生きるのに最低限のエネルギーがあればいい、という考えが染みついた結果だろう。
ジンの肉体は全身が戦士のそれだ。
タクミのような貧弱男子が相手すると、体を破壊されないか心配になってきた。
「どうした? 今さら怖気付いたのか?」
「そりゃ、少しは怖いですよ。でもジンさんとやってみたい好奇心には勝てません。漫画家ですから。興味は人一倍あります」
「よくいった。それでこそタクミだ」
今度はタクミの方から手を恋人つなぎしてみた。
ジンの口元が笑ったのは言うまでもない。
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