第27話 ジンとの馴れ初めは?
「信玄餅にはね〜、苦い緑茶が合うのですよ〜」
水無月が紙コップを二つ持ってきてくれた。
さっきまで紫音と打ち合わせしていたブース席で、今度は横並びに腰かける。
とても不思議だ。
BL漫画家が二人、しかも男同士。
出版社で呑気にお茶しちゃっている。
「紫音さんって私に対してキツい言い方をするんですよね〜。でも、あれは好きの裏返しというか、嫌よ嫌よも好きのうちだと思うんですよね〜」
「過去に紫音さんと何かあったのですか?」
長いまつ毛に縁取られた目がニヤッと笑う。
「以前、紫音さんに告白したことがあります。ものすごく知的で毒舌の似合う女性が好きですって。そうしたら『昼間から人妻に求愛するな! ボケェ!』といって蹴られました。コミック・バイトの中では伝説として語り継がれているみたいです」
「あはは……控えめにいって伝説ですね」
何やってんだろう、この人は。
そう思うと同時に、水無月には好き勝手やらせている、といった紫音の気持ちも理解できた。
風みたいな人なのだ。
心のままに行動するところが作品の魅力となって『プリズン・デイズ』の読者を楽しませている。
負けたな。
人として、男として。
水無月は誰からも愛されるキャラクターという気がする。
本人が言うように紫音の態度も『嫌よ嫌よも好きのうち』だろう。
たとえ紫音じゃなくても、水無月のような美青年かつ才能溢れる若者がベタベタと寄ってきたら、可愛く思ってしまうのが女心じゃないだろうか。
「天野さんも神室さんにスカウトされたのですよね?」
「あ、はい!」
不意打ちでジンの名前を出されるとビクッとなる。
「馴れ初めをお聞きしてもいいですか?」
「馴れ初め?」
「神室さんって格好いいですよね。だから馴れ初めです」
ジンのことを格好いいと軽く打ち明ける。
そんな水無月に嫉妬しかけた。
「当時、俺は同人活動をやっていまして……」
会場でジンから声をかけられた。
その場で作品を褒められた。
これからコミック・バイトという会社を立ち上げる。
スタートアップのため漫画家を集めているという話を聞かされた。
タクミはプロデビュー前だから、金銭面とかの話に興味はなくて、こんな自分でもプロになれますか? というのが本音だった。
なれる、とジンは断言した。
俺たちに力を貸してくれ、と。
それから四年以上が経ち現在にいたる。
「へぇ〜。いいですね〜。師弟関係みたいで」
水無月は信玄餅を一口サイズにカットして美味しそうに食べる。
「水無月さんはどうやって神室さんと知り合いに?」
「う〜ん、知人の知人みたいな感じですかね。コミック・バイトという会社を立ち上げると聞いて、私の方から電話すると、紫音さんに会わされました。まあ、紫音さんには初日から嫌われていますが……」
心臓が強いのかなと思いつつ、タクミも信玄餅を一口食べる。
冷たい食感が舌に優しい。
「水無月さんは自分のこと、天才だと思いますか?」
「へっ?」
美人顔がキョトン顔に早変わりする。
「コミック・バイトの看板漫画家ですから。その若さで偉大すぎます」
「恥ずかしいですね。そういう言い方をされると。結論から言っちゃうと、私は私のこと、天才だなんて思わないですよ。あ、いや、努力自慢とかのアピールでもないです」
水無月は謙遜するように手を振る。
「漫画にしか興味ないのです。うちの両親いわく、私は三歳の頃から漫画らしき物を描いていたそうです。これは将来、すごい画家になる! と色めき立ったようですが……」
現代アートには少しも興味を示さず、むしろお小遣いが手に入るたび漫画を買うようになった。
「だから生活の一部なのですよ。漫画を描くのは。毎朝パンを一枚食べたとして、頑張ってパンを食べているとは表現しないでしょう。それと一緒です。私ほど頑張っていない漫画家もいません。そもそも頑張るのは不得手ですし」
あいつはバケモノ、天才の側。
紫音がそう言った理由がようやく腑に落ちた。
漫画を描くために生まれてきたような人なのだ。
確実に神様から愛されている。
だから勝とうとしちゃいけない。
そもそもの次元が違いすぎる。
「ごめんなさいね。こんな話をすると嫌味かよって思われて、漫画家友達はいなくなります」
「いえ、良い話だと思います、普通に」
「天野さんは優しいですね」
水無月が眉を八の字にする。
やっぱり尊敬できる人だ。
性格に嫌味ったらしい部分がない。
水無月の言葉の端々からは『こんな自分が漫画を描いていいのだろうか』という罪の意識が伝わってきて、天才のくせに人間臭い一面も持ち合わせているのが分かる。
加えて恐ろしく開放的な性格である。
ありのままの自分をさらけ出すという、普通の大人なら怖いことを、水無月は躊躇なくやってのける。
だから周りも好きになる。
水無月が人気の秘訣はそこにあるのかもしれない。
「元々NLレーベルにいたってことは、天野さんは性的マイノリティじゃない側の人間、つまりノンケですよね?」
「そういう水無月さんは?」
「私ですか? 気になります?」
考えるより先に首が縦に動いてしまった。
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