第24話 連続重版がかかる!
家が焼けて人生ドン底。
その反動なのか、怖いくらいの絶好調が続いていた。
タクミは『アオにつづる』を三話目まで納品しており、これから四話目の下書きを完成させるところだ。
今日は紫音に呼ばれてコミック・バイトへやってきた。
「すごいよ! 天野くん! 回を追うごとに読者の評価が良くなっているよ!」
紫音が興奮気味に数字を見せてくれた。
まだデータは少ないが、文句なしの右肩上がりだ。
「一話目を読んでくれた人が、かなり高い確率で二話目と三話目も読んでくれる。これが大きいね。ヒットしている作品の共通点といえる。さすが天野くん」
「いえいえ、紫音さんのアドバイスのお陰です。あと純粋に原作が素晴らしいのです」
タクミの過去二作では、一話目の評価はボチボチだった。
高くもないが低くもない感じだ。
読み手を選ぶだろうな、という自覚はあったから、そのことで気に病んだ記憶はない。
「まだ伝えていなかったと思うけれども、原作小説の重版が決まったよ。これで二ヶ月連続だね。確実に天野くんの功績だよ。K出版の担当者からお礼のメールが送られてきた」
「本当ですか⁉︎」
これは特に嬉しいニュースだ。
コミック・バイト経由で原作者のコメントももらっており、
「ステキな漫画ありがとうございます。コミカライズがきっかけで原作を知ってくれた方から何通かお便りをいただきました。天野先生のお陰で重版も決まりました。応援しています」
と書いてあった。
タクミの漫画が直接誰かの役に立つ。
生まれて初めての現象かもしれない。
「あ、そうそう、来月からの原稿料なのだけれども……」
紫音が一枚のプリントを見せてくれる。
「うちがインセンティブ制度を導入しているのは知っているよね。頑張ってくれた漫画家さんに還元するやつ。ベースの原稿料は変わらないけれども、来月から上乗せ分が発生する。内訳でいうとこんな感じ」
リアルの数字を見せられたタクミは開いた口が塞がらなくなる。
収入が跳ね上がった……というか二倍以上になっている⁉︎
「こんなにもらっていいのですか⁉︎」
「もちろん。ルールだしね。もしかして、インセンティブを受け取るのは初めてなのかな?」
「スズメの涙くらいの額なら三回受け取ったことがあります。千円とか二千円くらい」
「ああ、がっかりインセンティブだね」
とあるボーダーを超えた漫画家は、数字を伸ばせば伸ばせた分だけ、インセンティブも青天井に増えていく。
単行本を出している人だと、さらに金額が加算される。
「漫画家さんが生活苦になると、漫画家を目指す人がいなくなるだろう。これは業界全体の課題ともいえるのだが……」
「贅沢しなければ一人暮らしできそうな気がしてきました!」
「それが普通なんだけどね」
紫音は困ったように笑う。
コミック・バイトに貢献できた。
成果が数字として見えるのは嬉しいものだ。
ジンはこのことを知っているのだろうか。
直接言及してこなかったが『天野の新作は中々の滑り出しだと紫音さんが言っていた』という話は聞いている。
諦めなくて良かった。
今までの四年間は無駄じゃなかった。
ここがオフィスじゃなければ叫びたい気分だ。
「神室くん、悔しいだろうね」
「どうしてそう思うのですか?」
「天野くんがNL部門じゃ芽が出なかったから。神室くんの性格からして、自分を責めるよね。失敗したのは自分のせいだと思うような男だから」
「はぁ……」
「まあ、私はそのお陰で君のような有望株を無条件でゲットできたわけなんだ。これぞ棚からボタ餅というやつさ」
紫音が悪役みたいな笑い方をした。
ジンとNL部門を出し抜いたのが楽しくて仕方ないといった様子である。
「神室くんと同棲しているだろう。それがBLを描く上で役に立っているのかな?」
「それはあると思います。神室さんは格好いい男性ですから。ちょっとした仕草とか、漫画の参考にさせてもらっています」
「そうじゃなくてさ。モチベーションの面でだよ。君は神室くんに恩返ししたくて漫画を頑張っているのだろう」
好意を見抜かれたような気がしてドキッとする。
「そうです! どうせなら一位を目指せと言われました!」
「一位か。すごい目標だね。そりゃ、死ぬ気で頑張らないとね」
オフィス席の方から『紫音さ〜ん! お電話です!』という声が響いてくる。
一人で待つ間、原稿料のプリントに目を通した。
計算式があるからトップ層の収入は大体分かる。
あの描き手さんは税引前で毎月百万円もらっているな、とか。
いいな。
お金があれば旅行したりパソコンを新調できる。
ジンにプレゼントを贈ることも可能。
二人で映画を観に行きませんか⁉︎
タクミから誘ったらどんな表情をするだろう。
いや……別に……ジンと思い出作りしたいとかじゃなくて……。
ジンがプライベートで外出する。
その時に隣にいるのは自分がいいな、と思ってしまう。
「調子に乗るなよ、俺。まだまだ先は長いんだから。油断すると一瞬で転げ落ちるぞ」
小声で呟いてから机に突っ伏した。
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