第23話 おみくじの結果は……

 小高い丘にある神社へやってきた。

 境内には一抱えじゃ足りないくらいの木々が生えており、一帯に静謐せいひつな空気をかもしている。


 ジンがペットボトルの水を買ってきてくれた。

 空いているベンチを指差して、タクミに着座を促してくる。


「ちょっと疲れた。休憩していこう」


 これは嘘だ。

 疲れたのはタクミの方であり、日頃からトレーニングしているジンは元気だろう。

 きっと女性の扱いが上手いのだろうな、と嫉妬じみたことを想像してしまう。


「家と職場を往復する日々だと、ルーチンワークみたいで味気ない。たまには神社を訪れてみるのも楽しいな」

「なんか、すみません。俺の漫画のために」

「まだそんなことを言うのか」


 おでこにペットボトルを押しつけられ、冷たい! と声に出してしまう。


「天野は良い漫画を描くことだけに集中しろ。周りに迷惑をかけるとか、余計な心配は一切いらない」

「分かりました」


 ジンと会話していると、自分が許されたような気がして、心の調子が上向いてくる。

 まるで太陽みたいな人だ。


「天野は人から細かく命令された方がやりやすいタイプか?」

「そうですね。学校の課題とかでも、自由にやっていいぞ、と指示されたら困惑しますね。自由って、どこからどこまでなのか真剣に考えちゃいます」


 自由に意見をまとめなさい、という課題があった。

 タクミが好きなように書いたら、


『自由といったがコレはダメ』


 と先生から却下されて泣きそうになった。

 額面通りに受け取ると失敗しやすい好例かもしれない。


「だったら命令だ。一日でも早く紫音さんを唸らせるような漫画を描け」

「紫音さんを?」

「俺はBLの良し悪しが分からないからな」


 暗にゲイじゃない側の人間だと言われた気がして、タクミはペットボトルの中身を一気に半分飲む。


「描いてやりますよ。良い作品を。最大瞬間風速でいいので、BLレーベルのトップを取ってやります!」

「トップか。大きく出たな。うちのBLレーベルは粒揃いだぞ」

「神室さんが言ってたじゃないですか」


 どうせなら一位を目指せ。

 じゃないと十位にも入れないぞ。

 真剣に一位を目指している奴らで一位から十位の枠は埋まるからな、みたいな格言を新人時代のタクミに教えてくれた。


「あれを聞いた時、素直に格好いいと思いました。お前も一位を目指していいと言われた気がしたので」

「当たり前だ。誰だって一位を目指す権利はある」

「でも笑われちゃいます。お前はバカかと」


 タクミの手にあるペットボトルがぺこっと潰れた。


「そんなの頑張らない奴らの戯言だ。無視すればいい」

「分かりました。無視します」

「天野は素直だな」


 ジンが広い空を見上げる。


「天野なら必ず売れる漫画を描ける。この想いは嘘じゃない。編集者を十三年やってきた俺なりの直感だ。だから天野は俺を信じればいい」


 タクミはうっとりと目を細める。

 ミネラルウォーターを飲み切り、トイレで用を足すと、いよいよ参拝だ。


「天野は何をお願いする?」


 本殿の前で尋ねられる。


「さっき神室さんがおっしゃったことです。紫音さんを唸らせるようなBL漫画が描けますようにって」

「じゃあ、俺は一日でも早く天野が成功するよう祈ろうか。天野の成功は俺の成功みたいなものだから」


 自分の願いを人のために使ってくれる。

 どこまで良い人なのやらと呆れそうになる。


 二礼二拍手一礼が終わったら、いざおみくじへ。

 一回百円のやつで、ジンは当たり前のようにタクミのお金も払ってくれた。


 ジン、タクミの順に引く。

 内容に目を通したジンが微妙そうな表情をしているなと思いきや、やはりというべきか『吉』だった。


「なあ、天野。吉って何番目にいいんだ?」

「諸説ありますが、俺が知っているやつだと、小吉の下、末吉の上です」

「ふむ、凶を引くよりマシか」


 内容もピリッとしないらしく『今は種蒔たねまきの時期なのです。来年に備えてコツコツ頑張りましょう』みたいなニュアンスだった。


「恋愛運はどうでしたか?」

「粘り強く待ちましょう、みたいな文言が書かれている。待つのはあまり得意じゃないのだが……」


 つまりジンの婚期はまだ先か。

 タクミはつい胸を撫で下ろしてしまう。


「お、天野は大吉じゃねえか」

「ええ、十年ぶりという気がします」


 仕事は成功する、事故にもあわない、という内容だった。

 健康だけは要注意らしく『日頃から用心を怠るな』とある。


「天野は家が焼けたしな。ドン底から這い上がるだけかもな」

「だと嬉しいのですが……」


 恋愛のところには『近くに待ち人あり。無闇に動くな』と書かれていた。

 一瞬ジンのことかと錯覚しそうになり、頬っぺたが熱を帯びてしまう。


 大量のおみくじが近くの木に結い付けられている。

 神社には『お焚きあげ』という儀式があり、古くなったおみくじを定期的に燃やすのだと聞いたことがある。


「おみくじって持って帰ってもいいんだよな?」

「そのはずですが……」


 ジンは財布を開くと、折り畳んだおみくじをカード入れの裏側に差し込んだ。


「お守り代わりだ。天野も自分の財布に入れておけよ。目標を達成できたら、ここの神社に返しにこよう」

「はい!」


 またジンとデートできるかもしれない。

 黄金チケットに等しい大吉のおみくじを、タクミも財布にしまっておいた。

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