第21話 デートみたいな休日

 タクミとジンは繁華街へやってきた。

 いわゆる若者の街というやつで、一目で大学生と分かる集団が、朝っぱらからテンション高めに盛り上がっている。


 ジンは大学生の頃、ちょくちょく遊びに来たらしい。

 あのお店は懐かしい、あのホットドッグは旨い、なんて目を細めている。


 タクミはあまりパッとしない大学時代を過ごしてきた。

 アルバイトをやって、同人活動をやって、漫画を描いたり読んだりしていたら、四年間なんてあっという間に終わってしまった。


 大人数でわいわい盛り上がる。

 大学生にとっての当たり前が、タクミにとっては当たり前じゃなかった。


「……おい、天野」

「あ、はい?」

「話を聞いていなかったのか?」


 ジンが指差しているのはアイスクリーム屋さん。

 人気アイドルグループを起用したポスターが貼ってある。


「食べてみないか。こういうの、久しぶりだろう」

「いいですね」


 メニュー表を見るとフレーバーが三十種類もあって迷ってしまう。


「俺は抹茶にしようかな。天野は?」

「クッキークリームにします」


 ジンが店員さんに声をかける。


「ダブルを一つ、抹茶とクッキークリームでお願いします」

「えっ……」


 てっきりシングルを二つ頼むのかと思った。

 でも、値段でいうとダブル一つの方が安い。


「ほらよ」


 ジンがスプーンを一本渡してくる。


「天野は半分こが好きなのだろう。抹茶を半分やる。だからクッキークリームを半分もらってもいいか?」

「ええ、もちろん」


 お金を出したのはジンだ。

 断る理由などない。


「天野は大学生時代、アルバイトをやっていたのか?」

「ええ、いちおう。スーパーのレジ打ちくらいですが」

「てっきりイラストを描く系の仕事かと思っていた」

「その発想はなかったです」


 交互にアイスをすくう。

 抹茶はビターだから大人の味という気がした。


「天野が手がけるのは、大学生が主人公の作品だろう。二人でアイスを食べるシーンも出てくるのか?」

「出てきます。他にはラーメン屋だったり、チェーンの居酒屋だったり。神社でおみくじを引くシーンもありますね」

「体験するだけ体験してみるか。神社のおみくじなんて、最後に引いたのは五年前という気がする」


 これって、もしや、デートなのでは?

 罰当たりなことを考えた瞬間、舌の上のアイスがドロッと溶けた。


「ほら、口を開けてみろ。俺が一口食べさせてやる」

「いや⁉︎ それは絵面的にマズいですって……」

「そういうシーンは登場しないのか?」


 いや、ある。

 男同士でお口あ〜んするのだ。


「モタモタしていると溶けるぞ。これも取材協力だ。リアルの体験がインスピレーションを掻き立てる場合もあるだろう」

「それは正論ですね」


 そもそもコミカライズだから、インスピレーションはあまり必要ないのだが……。


「漫画のためだろう。成功したくないのか?」

「もちろん成功したいです!」


 アイスと成功がどう結びつくのか、あまり理解できないままスプーンに食らいついた。


 冷たくて美味しい。

 あとジンとの距離が近い。


「どうだ? 美味しいか?」

「照れちゃいますよ。神室さんは男前ですから。BLファンが好きそうなシチュエーションという気がします」

「そうか。体験が一つ増えたな。漫画家として成長したな」


 これも一種の間接キスだろうか。

 タクミの口から引っこ抜かれたスプーンが、今度はジンの口に入るから、とても罪な気持ちに叩き落とされる。


「天野はいいな。こういう街中にいると大学生に見られるだろう。まだ学割が使えそうだ」

「あはは……お酒を買おうとしたら年齢を聞かれちゃいますね」


 童顔はコンプレックス。

 なのだが、ジンに褒められると悪い気はしない。


「神室さんは格好いい大人なので羨ましいです。俺が三十五歳になっても、冴えない大人のままという気がします」

「そんなの、三十五歳になってみないと分からないだろう」

「それはそうですが……」


 こんな自分でも神室さんみたいになれますか?

 この場で質問したら、きっと『天野は天野のままでいい』と返してくるのだろう。


 そういう大人なのだ。

 神室ジンというカリスマ編集長は。


 ジンのセリフを想像できちゃうってことは、ジンが好きっていう証拠かもしれない。


「今日の昼飯なのだが……」


 ジンがスマホで検索した画面を向けてくる。

 表示されていたのはラーメン屋で、口コミの評価はまあまあ高い。


「俺は昔、よくこの店のつけ麺を食べた。つけ麺は好きか?」

「え〜と……その……」

「もしかして嫌いなのか?」


 スマホの画面を閉じようとしたジンの手首をつかむ。


「実は俺、一度もつけ麺を食べたことがなくて、好きとか嫌い以前の問題なのです」

「なっ……」


 ジンの表情がフリーズする。

 きっとUFOを見つけても同じ顔をするだろう。


 世間知らずと思われたか。

 怖くてジンの目を直視できなくなる。


「すまない。バカにするつもりはない。つけ麺を食べたことない人間に出会ったのは初めてなんだ。純粋に驚いてしまった」

「なんか、すみません。俺の地元って、ラーメン屋自体が少なくて」


 大きな手に髪の毛を撫でられてしまう。


「謝らなくていい。初心うぶなところは天野の魅力だろう。もし興味があるなら一度つけ麺を食べてみないか?」

「お願いします。食べ方をレクチャーしてもらえると助かります」

「任せておけ」


 二十六の男を初心と表現するのはどうかと思うが、それで喜んじゃうタクミの頭もどうかしていた。

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