第14話 卑怯だよ、大人だから
夕方までジンの仕事を観察させてもらった。
とにかく電話が鳴りまくる。
ほぼ十五分おきに横槍が入るから、
『天野って俺の声真似できるか? 代わりに対応してくれないか?』
とジンは冗談めかしていった。
相手が電話の誰なのか、表情や口調で分かるのも面白い。
露骨に嫌そうな顔をしていたら社長。
気さくな感じで話していたら紫音さん。
手短に用件を伝えている時は新田さん。
紫音と話している時だろうか。
タクミの名前が何回か出てきた。
『安心してください』
『俺がケアしますから』
というセリフが聞こえたから、紫音もタクミのことを気にかけているようだ。
申し訳ない。
移籍直後だから、二人の編集長に迷惑をかけてしまった。
タクミはタクミでBL漫画を読んでいた。
コミック・バイトがどのようなBL漫画をリリースしているのか、実のところ詳しく知らなくて、片っ端から読ませてもらっている。
ラブコメ中心のNLとは世界が違う。
あっちはドタバタ劇のような作品が好まれる傾向にあった。
美少女といきなりお見合いするとか、美少女と異世界へ飛ばされるとか、文明が滅んで美少女と二人きりになるとか、分かりやすい展開が好まれるのがラブコメの特徴だろう。
一方、BLはリアリティがあって地に足がついている印象だ。
決して暗いわけじゃないが、感情に訴えかけてくるエピソードが多いから、心がジェットコースターみたいに揺れまくった。
その代わり、初見さんお断りというか、BLに慣れた読者じゃないと腹落ちしにくいストーリー展開が散見されるのは、ほぼ唯一のデメリットという気がする。
「天野は楽しそうに漫画を読むな」
ふいにジンから声をかけられて、タブレット端末を落としそうになった。
「そう見えますかね?」
「目がキラキラしている。天野を観察していると、漫画って良いものだな、と思えてくる」
子供っぽい、と指摘された気がして俯いてしまう。
ジンとは九歳差あるけれども、この差は一生縮まらないから、十年後も子供っぽいと笑われるだろうか。
「そんなことより、神室さんのお仕事は大丈夫なのでしょうか?」
「ああ、問題ない。ちょうど終わったところだ。今日はもう自由だ」
ベランダの方を見ると空が茜色に染まっていた。
「天野が見張っていてくれたお陰だな」
「そんな……俺は何も……」
BL漫画を読んでいただけ。
その姿をジンに見られていたと思うと手の甲が熱くなった。
「約束の晩酌だな。近所のスーパーで買い出ししようと思う。天野は何か欲しいものあるか?」
「俺も一緒に行っていいですか⁉︎」
「別に構わないが……」
ジンがタクミの頭から爪先を観察する。
「もしかして、ハーフパンツ姿じゃ入れないお店でしょうか?」
「そんなことはない。普通のスーパーだ。飲料を補充したいから、一緒に来てくれると助かる」
「お供します!」
タクミが敬礼ポーズを作ると、ジンはふっと笑った。
「天野は可愛いな」
「か……可愛い?」
男から可愛いと言われるのは初めてでリアクションに困ってしまう。
どういう意味だろうか。
バカっぽい、のニュアンスだと思うが……。
タクミがフリーズしていると、早く行くぞ、と手招きされた。
「神室さんは格好いいですね」
エレベーターの中でお返ししてみる。
格好いいなんてジンは聞き飽きているだろうが、男から格好いいと言われたジンがどんな反応を見せるのか、個人的に興味があった。
「そうか?」
「文句なしで格好いいと思いますよ」
「どんなところが?」
「それは……」
返答に困ったタクミを急かすように電子パネルの数字が減っていく。
「仕事ができるから格好いいです! 売れている漫画家が格好いいのと一緒です!」
破れかぶれだった。
チーンとドアが開いたが、ジンは中々一歩を踏み出さない。
「いいや、俺は仕事ができる人間じゃない。もしそうなら、天野はとっくに売れている漫画家になっていただろう」
「それは俺の努力が足りなかったからで……」
「そんなことない。漫画で手を抜いてきたか?」
答えに詰まってしまう。
この四年間、自分なりに全力でやってきたとジンには告白できる。
でも、タクミが成功しなかったのと、ジンの能力が不足していたのかは、まったく別の問題じゃないだろうか。
釈然としない気持ちを抱えつつ、ジンの背中を追いかける。
「天野が俺をデキる編集者にしてくれ。天野をスカウトしたのは俺なんだ。天野がヒット作を生み出したら、俺も人を見る目があったと胸を張れる」
「卑怯ですよ……。それじゃ、責任転嫁みたいじゃないですか」
「ああ、卑怯だよ。俺は大人だからな」
ジンの大きな手に髪の毛をクシャクシャされてしまった。
「天野は子供のままでいい」
「あぅ……」
格好いいのに優しいなんて、やっぱり卑怯だ。
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