第13話 甘いレモンスカッシュ
タクミが風呂から上がってくると、当然のように新しい下着、Tシャツ、ハーフパンツが置かれていた。
洗濯機が回っているから、ジャージと古い下着は洗ってくれるらしい。
「お風呂、最高でした。とても気持ちよかったです」
ダイニングテーブルで仕事していたジンが、そうか、といって席を立つ。
システムキッチンの方へ行って、冷蔵庫を開け閉めしたジンは、何かのボトルを開封したかと思うと、グラスを両手に戻ってきた。
「レモンスカッシュだ。これくらいしか用意できない。まあ、飲め」
ここがお前の席だ、というように一つを置く。
「えっ……」
「もしかして、レモンは苦手なのか? コーラの方が良かったか?」
「いいえ! 好きです!」
好きとか嫌いとか以前に、ちゃんとしたレモンスカッシュを飲むのは人生初だったりする。
タクミが知っているレモンスカッシュといえば、サイダーにレモン風味を足したような、缶に入っている市販ドリンクだけだろう。
ジンにレシピを聞いてみたら、グラスに氷を入れて、レモンジャム、ハチミツ、炭酸水を混ぜるんだ、と教えてくれた。
「本格的ですね」
「そうか。三十秒あれば作れるぞ」
マドラー代わりに真鍮色のストローが刺さっている。
ジンを真似して三回ほどかき混ぜてから飲んでみた。
思ったよりも甘くて飲みやすい。
酸味とハチミツがとろけ合い、疲れた体にエネルギーをくれる。
あっという間に半分飲んでしまった。
「飲みやすいです。気分がスッキリします」
「お風呂上がりにぴったりだろう」
ジンはビニール袋からミックスナッツを取り出した。
キッチンから葉っぱの形をしたお皿を持ってきて、タクミも食べやすいよう二人の真ん中に置いてくれる。
「天野が食欲なさそうだったからな。ミックスナッツなら食べられるだろう。栄養価も高い。仕事が立て込んでいている時とか、ちょっとエネルギー補給するのに役立つ」
アーモンド、
タクミの価値観でいうと、マカダミアナッツが入っているのは高級品で、代わりにジャイアントコーンが入っているのはお値打ち品というイメージだ。
とりあえずアーモンドを一粒もらう。
優しい塩味が疲れた体に染みていく。
「こうしてナッツを食うと、二人で晩酌でもやっているみたいだな」
「そんな……」
タクミもまったく同じことを考えており、年甲斐もなく赤面してしまう。
外はまだ明るい時間だから夜なら一層ムードがあるだろう。
「天野はお酒を飲めるか? 知り合って四年以上になるが、思い返すと一度もサシで飲んだことがないな」
「ちょっとだけなら飲めます。大学時代は時おりお酒を飲んでいましたが、卒業後はほとんど控えているので、体がアルコールに弱くなってしまったような……」
「心配するな。俺もそこまでアルコールに強くない」
ジンだったらお洒落なバーが似合うんだろうな、とレモンスカッシュを飲みながら考えてしまう。
「お仕事は大丈夫ですか? 本当なら打ち合わせが入っていたんじゃ……」
「気にするな。さっき新田とビデオ会議した。今日のところは問題ない」
問題ないとジンはいうが、
「すみません、神室さんのスケジュールを乱してしまい」
「謝らなくていいぞ。そんなに申し訳なく思うなら、今夜の晩酌に付き合ってくれ。たまには天野と飲みたい。自分に対するご褒美みたいなものだ」
「ご褒美って……」
「インセンティブがあると俺の仕事も
お世話になっているのはタクミの方なのに、俺に協力してくれ、みたいな言い方されると、断ろうにも断れなくなる。
「分かりました。俺なんかで良ければ」
「ありがとう。天野ならそう言ってくれると思ったよ」
ジンはたっぷり残っているミックスナッツの皿をタクミの方へ寄せてくる。
「俺はこれから資料を作らないといけない。残りは天野が食べてくれると助かる」
「えっ……」
タクミが遠慮して少量しか食べないのを気にしたのだろう。
『食べてくれると助かる』
そんな言い方されたら、むしろ食べたくなる。
しかもお腹は正直だから、ぎゅるりと間抜けな音を響かせる。
「何なら一袋全部食べてくれてもいいぞ」
「さすがに全部食べると吐きます!」
ジンはくっくと声に出して笑った。
「天野に吐かれるのは困るな。俺が虐待しているみたいだ」
「勘弁してくださいよ……」
ナッツのお皿に手を伸ばした。
カシューナッツがほとんど残っていなくて、胡桃がたくさん残っているから、ジンの好みが見えてくる。
「あの……使い終わったお皿とかは?」
「放置でいいぞ。俺が後で片付ける。それより冷蔵庫に紅茶のペットボトルがあるから二本取ってきてくれないか。ドアポケットのところだ」
「あ、はい!」
指示をもらえたのが嬉しくて、きびきび行動してしまうあたり、タクミは一生リーダーになれない人間だろう。
「お待たせしました。どうぞ」
「一本はお前のだ。俺がちゃんと仕事しているか、見張っていてくれると助かる」
「見張り役ですか?」
「家で仕事をするの、そこまで得意じゃないんだ。定期的にスマホをチェックしたくなる。顔見知りが近くにいると、情けない姿を見せられないだろう」
「あ、なるほど」
ジンから命令される時間は楽しいから、お殿様にお仕えする小姓にでもなった気分だった。
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