遠近無用

 「私の情力は「遠近えんきん無用むよう」といって、視力を自在に調整する力です。つまり調整次第で、1km先の針穴をはっきり視認することも、逆に視界をゼロにすることも可能という訳です…まぁ後者はほとんど使ったことがありませんが。」


 どうやら姿が見られなければ饒舌かつ声も普通の大きさになるらしい晶、一通り話し終わると、彼女は再び林から何かを放つ。今度は少し上体を動かしてそれを避けた瞳。


 「…私が気になっているのはそっちじゃないんですけどね…貴女から飛んできたのは弾丸だった、つまり貴女は銃を使ったんです。銃刀法について貴女を糾弾する資格は私にはありませんが、こちらは是非お伺いしておきたい…今の二発は?」


 木の影に隠れている晶は思わず息を呑む。「目の良さと射撃の力量、正確さは比例関係にない。にも関わらず、威嚇程度に私に傷を負わせようとし、そして成功した…並みの訓練じゃその精度は身に付きません。貴女の半生、私としてはそちらの方が気掛かりなのですが…」


 少し間があり、林から晶の声が響く。「…そういうあなたこそ何者ですか…情力も使わずに弾丸を視認したばかりか、それをかわしてみせるなんて…それにさっきの身のこなし…あなたの正体は…!?」それを聞いた瞳は少し溜息をつく。


 「…まぁ、私も昔に色々ありましてね、それなりに反射神経が鍛えられた…それだけの話ですよ。」困ったような微笑を浮かべ、そう返答する。


 「………」沈黙の後、大きく息をついた晶は瞳の前に姿を現し、やがてか細い声で言葉をつむぎ始める。


 「私…というより私の一族は、文字通り人の命をかてとしてこの世を生き延びてきた…私はその家業が大嫌いでした…そしてこの世は矢張り因果応報、一族はそのむくいを受け、命を奪われることとなった…」晶は暗い目で語り続ける。


 「ある刺客しきゃくによって、私の家族はみなほうむられてしまったのです…私を除いて…本来ならあの時、私も家族と運命を共にするはずだった…でも私は…生き残ってしまった。」瞳は黙って彼女の話に耳を傾けている。


 「多くの命を奪った私は本来死ぬべきだった、でも今まで生き残るために殺してきた私は…どうしても自害の覚悟がつかなかった…どうすればいいか分からなくなっていた時、私は黄さんに出会ったんです。そして彼女は、私に一つの道を示してくれた……」




 –––確かに晶さんが歩んできた道は…あなたの手は、目を背けたくなる程血に染まっているのかもしれない…でもその時のあなたは、そうすることでしか生き残ることが出来なかったんでしょ?そもそも人ってのは、何かを犠牲にすることで初めて自らを生かすことが出来る利己的で残酷な存在なんすよ。あなたがしてきたことと、普段あたし達が動物や魚達を喰らい自分の血肉としていること…本質的にはそれ程離れたもんじゃあないとあたしは思うんすけどね–––




 かつて黄が言った言葉が、晶の頭で何度も残響する…

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