緑の愉悦

 「あの時彼女が言ったこと、正しいかどうかは分かりません…でもその言葉がなければ今の私はない…彼女が私を救ってくれたこと、それだけは紛れもない事実なんです!」惑いながらも瞳に銃口を向ける晶…だがその先に彼女はいない…




 「戦いの最中に相手から注意をらさないこと。」




 気が付くと晶は瞳に背後をとられ、首元に刀を添えられていた。「話に気持ちが入り過ぎて視野が狭まりましたね…」微笑を浮かべた瞳が言った。


 (!?しまった、私としたことが…!)


 冷や汗を流す晶、しかし瞳は彼女の首元から刀を離し、カシャンとさやに納めた。「…私はあなたを仕留める機会を放棄します…これでお開きにしてもらえませんか?多少強引、というか大分だいぶ姑息こそくな戦術ですが…これ以上無益な争いを続けたくはないのは本心ですから…」


 晶は呆気にとられてものが言えなかった。(…彼女、意外と曲者くせものだったのね…いや、敵を前に油断した私が悪いか…何でこんな話しちゃったんだろ…いやそれよりも…どうする…?)思案顔を見せた晶は、やがて右手の拳銃を腰のホルスターに戻して瞳に向き直る。


 「どうやら選択の余地はないそうですね…見た目に反して、意外と腹黒いことをします…」皮肉まじりに晶はぼそっと言い放つ。


 「…貴女も存外毒舌ですこと…」そんな彼女に対し、瞳が苦笑いを浮かべる。


 「一つ聞かせてください。」改まって、晶が瞳の青き双眸をのぞき見る。「あなたは…何者ですか…?」


 瞳は困ったように笑いつつも静かに、そして少し哀しげに告げた。「そうですね……争いを遠ざけたせいで何も守れなかった……愚かで傲慢な臆病者、とでも言っておきましょうか…」




 血染と桃色髪の少女は構えもせず、グラウンドの上で向き合い突っ立っていた。


 「黄のところに着くか着かないかで聞こえたんだけど、あんた血を操る具情者なの?めっちゃ怖いんですけど。情力使いの中でも珍しいんじゃないのソレ?」


 彼女が聞くと血染は「さぁ、世の中広いからねぇ。そんなことより、おしゃべりをする為にこんなところまで、このあたしを連れて来た訳じゃないだろう?」不敵な笑みと共にそう返す。


 「うわ、戦う気満々…面倒くさいなぁー。」腰に手を当てる桃色の少女。


 「そういえばあんた、名前は何ていうんだい?」


 「え?翡翠ひすいらいだけど?」


 「そうかい、あたしは緑楽りょくらく血染ちぞめ、よろしくね。」


 血染はおもむろに左手を顔の前まで上げ、そして呟いた。「情力発現…」


 「鉄血てっけつ


 彼女の左手に傷が表出し、そこからぬるりと血が流れ出す…その血液はやがて何かの形を作り始め…


 「何それ…大鎌?」雷の言った通り、血染の血は大鎌となり、そのまま凝固ぎょうこした。


 「そら、あんたも早く武器を構えな。」血染は雷を催促さいそくする。


 「やれやれ…は〜あ、メンドくさい。」文句を言いながらも、雷は腰に差していた棒を取り構えた…彼女が手にしているのは「キャトル・プロッド」と呼ばれるスタンガンの一種だ。


 「情力発現「迅雷」!」


 そう言った彼女の体、そしてプロッドから目に見える程の電流がほとばしる。


 「へぇ、電気の情力か…」血染は心底楽しそうに笑みを浮かべる。「いいねぇ、面白くなりそうじゃないか…さぁ、かかってきな!!」


 雷の左足がわずかに動く…そして次の瞬間、目にも止まらぬ速さで血染目掛けて突進を繰り出してきた、まさに電光石火の動きだ。しかし血染はその攻撃に反応し、左手の大鎌で雷の一撃を受け止める。


 「ふっ、中々の速さと力じゃないか…だがちいとばかし攻めが単直過ぎるね。だから見えてなくてもこんな風に、予測で簡単に防げちまう。」難なく雷の攻撃を防御した血染は、造作もなく彼女の武器を押し返す。対する雷は先程のような速さで、一瞬にして後ろへ跳び距離を取った。


 「あれ…おっかしいなぁ、ふつーならあーしの攻撃を受け止めた時点で、しびれて動けなくなって勝負ついちゃうんだけど…あーた何で大丈夫なワケ?」


 雷が尋ねる、すると血染は、「なんてことはないさ、ただ血液中の鉄分を操作して避雷針ひらいしんを作り、それから地面に電気を逃がしただけのことだよ、アースってやつだね…ほら。」血染が指差す方、彼女の脚からは一本の赤く細い鉄棒が地面に延びていた。


 「…あー…相性ヤバめのヤツだこれ、うわめんど、どーしょ…」雷は思わず手で額を覆い天を仰いだ。

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