逡巡

 「…あたしが言うのも何なんすけど……あんたどうかしてんじゃないすか?」黄が硬い表情で声を上げる。対する真白は、まるで地に散る花の如き赤い血痕の中でうずくまっていた…全て彼女の血だ。


 どうやらそれなりの戦闘経験があるらしい黄、対してつい先程情力者として覚醒した真白とでは勝負になる訳もなく、黄が一方的に真白を痛めつけている…筈なのだが、その表情を見ると追い詰められているのは明らかに黄の方だった。


 「戦いの中で分かった、あんたの情力は自己治癒、超速再生と言い換えてもいいレベルの早さっす…でもそれだけ。身体能力が極端に上がる訳でもなければ、火や風を操れるようになった訳でもない、おまけにその様子を見ると…」黄は目を細める。


 「…んじゃないすか?…つまり殴られたら痛いし、骨が折れたらもっと痛い…」真白は黙って黄の話に耳を傾けている。「…そこまでして…そこまでしてあんたはこのあたしに…戻ってきて欲しいんすか…?」


 真白は腕を押さえながらゆっくりと立ち上がる。「……分からなくなりました…」「は…どういうことっすか?」真白は少しき込んだ後、話を続ける。


 「わたしには…過去の記憶がありません。」


 「え…」目を見開く黄。


 「あなた方感情がわたしから抜け出たときに…どうやらわたしの記憶も一緒に抜け出てしまったみたいなの…だから今のわたしは昔の事を何も覚えていない…思い出せないんです。」真白は目を伏せる。


 「…じゃああんた…何も分からないんすか…?」


 こくりと頷く真白を見て、黄は思わず黙り込む。


 「…じ…事情は分かりました…でもあたしは…」


 「ただ、わたしは分かっていなかった。」


 「えっ?」


 真白は再び視線を上げる。「…わたしは自分の事しか考えてなかった…あなたは確かにわたしの「喜び」の感情です、でも今のあなたにはちゃんとあなたの世界、あなたの生活、そしてあなたの友人がいる。わたしは自分の過去を知りたい、でも…誰かを傷つけてまで知りたいとは…思いません!」彼女は正直な思いを黄に伝えた。


 「……」自身と瓜二つの少女に直情をぶつけられた黄…彼女の目は戸惑いの色を帯び、ずっと口をつぐんだままでいる。



 「…ねぇ?」


 その時、二人の戦いを見ていた韋駄天が突如声を上げる。「ごめんね!っていうのも、一つアイデアが浮かんだんだけどさぁ…」韋駄天は真白と黄を交互に見ながら、両手の人差し指をくるくる回す。


 「一部だけ本体に戻る、ってのは出来ないの?」




 「ん?ごめ、ちょい待ち!」そう言ったのは雷だ。その身体の何箇所かに切り傷があり、血が少しだけ流れている。


 「おや、気を逸らす戦略としちゃ随分とお粗末じゃないか。」血染はそう言いつつ動きを止める。


 「違うって、スマホが鳴ってんの!…あっ、黄からだ、すぐに戻ってきてくれって。」雷は血染にも通知の内容を伝える。


 「なんだ残念、やっと体も温まってきたってのに。」武器の先端に付いた雷の血をペロリと舐める血染、その赤い武器を血液に戻しながらぼやく血染を見て(…この戦闘狂め…)雷は心の中で毒づいた。




 「…ねぇ、関西弁女。」風音が焔に呼びかける。


 「何や、ええ加減暑くなってきたか?」


 「ぐっ…違うわよ!今もちゃんとあんたの火は風で防いでるし!」


 そう言った風音だったが、正直大分体力を熱に奪われていた。焔の「北風と太陽」作戦とは、持久戦に持ち込み、火炎の熱により相手の体力を奪うものだったのだ。


 「ってそうじゃなくて!」風音は軽いツッコミを済ませた後、話を続ける。


 「今黄から連絡が来て「すぐに戻ってきてくれ」だって。」焔はそれを聞くと、少し疑いながらも情力を止め火を消した。火の粉がキラキラと散る中、風音は消えた火の竜巻の中からむすっとした顔で出てきた、戦闘態勢は解いている。


 「…敵の言葉、簡単に信じちゃうのね。」


 彼女がそういうと焔は「あんたの性格上そんなこすい手使って勝とうとはせんやろと思っただけや、それに余計な戦い避けれんにゃったらそれに越したことはないからなぁ。」顔の前で手をひらひらと振り、そう返した。


 風音は少し焔を見つめた後、不満そうに目を逸らし、そして吐き捨てた。


 「…ムカつく奴…」

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