陰影の中の真実

 真白は全身を震わせていた…彼女は青の情力を使って黒の行動、その真意を理解したのだ。


 青の情力「夜目遠目」は、あくまで眼と脳を活性化させることで極限まで洞察力を高めるものである…つまりは状況証拠や相手の微妙な表情の変化といった、普通では見逃してしまう些細ささいな手掛かりを全て逃さず捉えることで、そこから明晰化した頭脳を用いて仮説を立ててゆくという、いわば「極めて高度な推測」である。


 だがそれは裏を返せば、ということ。巧妙に隠された本心や、あまりに昔過ぎて証拠等影も形もない過去の事象等を知ることは出来ない、ということだ。


 なのに何故、真白あおは黒の真意を知ることが出来たのか…その答えはただ一つ。


 真白あおの身体には…激情紋様が浮かび上がっていた。


 真白あおの激情態、その名は「神ノ目」そしてその力とは…


 「視たいものを視る」


 使用者はただ自分の見たい事象、その原因たる事物をその目で知覚すればよい。そうすれば時空間、因果律、形而上、形而下…この世のあらゆることわりを度外視し、己の欲する情報を過不足なく、一寸の狂いもなく受信出来るのだ。


 つまり真白あおの目を通じ、真白が視た黒の過去とその動機は…紛れもない真実ということになる。


 この世界で唯一、何があっても自分の側で、自分の味方で居てくれた存在…生まれた時から自分のことを守ろうとしてくれていた存在…そんな彼女に自分は気付きもせず、あろうことかあらゆる負の記憶、あらゆる負の感情を押し付けてしまった……


 自分の不甲斐なさへの憤り、そして遅すぎる悔恨の心情……あまりに重く冷たい十字架を背負ってなお、それでもずっと自分のことを影から守ってくれていた黒への感謝と懺悔ざんげの気持ち…形容するに余りある感情の奔流ほんりゅうの中、真白は流れる涙にも構わず黒と再び向かい合った。「慈しみ」の具情者、傘音かさね真白ましろとして自らの分身と。


 「げほっ、ごほっ!」飲んだ水を吐き出しながら、黒が水中から這い上がってきた。影で周囲の氷山を裂き砕き、真白の白い瞳と目が合う。


 「…なんだよ…なんで…なんでそんな顔してるんだ…」黒の顔が苦痛に歪む。「……めろ……やめろよ……今すぐにやめろって言ってるんだ!目障りなんだよ!!!」口調の激しさとは裏腹に、その目に涙がにじむ。


 「黒さん…もう……終わりにしましょう…」泣き腫らした真白の目には、それでも揺らぎのない決意の光が秘められていた。


 「…ふざけるな…ふざけるな…ふざけるなぁぁ!!」黒が手にしている黒刀、その刃に線状の影が幾重いくえにも幾重にも重なってゆく…それを見た真白は、改めて警棒を持つ手に力を込める。


 一瞬生まれた沈黙…そして二人はほぼ同時に水面を蹴り、互いに向かって駆け出して……二つの刃が交わった………


 ………いや、……なんと彼女は、




 ざんっ…鋭く低い音がモノクロの世界に響く。黒の刀は…真白の腹を貫いていた。


 「っ…がはっ…!」真白は痛みに顔を歪ませ、口から鮮血を散らす。


 「……何を……何をしてるんだよ…!?」黒はその彼女を見てひどく狼狽ろうばいした。「何で武器をはなしたんだ、どうして……?」真白はそんな彼女のほおに震える手でそっと触れ、なんとか声を振り絞る。


 「こんなことで…こんなことであなたの苦しみがなくなるなんて…思ってません…許してもらえるとも…思って…いない……」切れ切れに言葉を紡ごうとする真白。


 「でも…これしかなかった…わたしには…こうする…ことでしか……あなたを受け止めて…あげられなかったの!!」真白の口角から流れる血が彼女の目からあふれる涙と混ざり、色が薄れる…鮮血が、涙へとけてゆく…


 「今まで…すみません……あなたを…一人にして……あなたにすべてを押し付けて……あなたに……気付いてあげられなくて……」

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