黒と憎

 (ヤバイっすね緑さん、まさかここまで圧倒的とは…)黄は冷や汗を浮かべている。


 (緑さん、聞こえますか?青さんの情力回復まであと少しです、それまで頑張って下さい!)心の内から真白がそう言うと表の緑は「はいはい…でももう少し掛かるんだろ?だったらあとちょっと、楽しませてもらうとしようかねぇ!」そう言って獰猛どうもうな笑みを浮かべた。


 「氷棘ひょうきょく!」真白りょくの足元から冷気が噴射し、それが鋭利なとげ氷塊ひょうかいとなって黒にせまる。満足に影を使えない彼女にそれを打ち消す術はなく、氷のドームの中をただ逃げ回るしかなかった…ように思われたが…


 「おっとしまった、ドームを壊しちまった。」真白りょくは自分の攻撃で、あろうことかドームの一部を破壊してしまった。彼女はすぐさま情力で補修しようとするが、黒はその一瞬を見逃さず、すぐさまドームの外に脱出する。


 「ちっ、めんどくさいことしやがって…鬱陶しいんだよ!!」間髪をいれずに黒は影を延ばし、攻勢に転じた。「衣香いこう襟影きんえい!」


 しかし真白りょくは少しも焦った様子を見せず、差し迫る影に対し氷壁を生成して防御する。その氷壁は影によって粉々に刻まれたが、既にそこに真白りょくの姿はない。


 「!?どこだ!」周りを見渡す黒は、かつての真白同様急に謎の息苦しさを感じ、思わず片膝をついてしまう。


 「いいのかい?敵に背後を取られてるのに座り込んで。」


 黒ははっと目を見開き振り返る、するとそこには左手を大きく後ろに振りかぶった真白りょくがいた。そしてその手が上に薙ぎ払われ、冷気を含んだ凍てつく一撃が黒に命中する。


 凍りながら上空へ飛ばされる黒を、動く氷の足場に乗り追撃を試みる真白りょく。黒に追いついた彼女は、今度は上から下へ手にしている警棒を振り下ろした…その身が凍りつき、黒は激しく水面に叩きつけられる。


 (ちょっ、やりすぎじゃないすか!?そこまでしたらあの人が…)


 「大丈夫だよ、そんなやわなやつじゃない…んなこたぁ、戦ってたあんたがよく分かってるだろ?いいから黙って見てな。」そう言った真白りょく、警棒を持つ手とは逆の手にどんどん冷気が集約され、やがて小ぶりの槍…氷槍ひょうそうが形成された。


 「ダメ押しだ、喰らいな。」真白はその氷槍を黒目掛けて投擲とうてきし、その槍が水面に着弾すると、まるで氷が爆発したかのように辺り一帯が凍てつき、小さな氷山が形成された。


 (待たせてすみません、ようやく力が戻りました!)青が叫ぶ。「なんだい、ようやくノってきたってのに…」不満げな声を上げる真白りょくだったが、彼女にしては大人しく心の中の青と交代し引っ込んだ。


 「情力発現「夜目遠目」!」髪と目が青色に変わり、水面に降り立った真白あおが黒の方を凝視する。細かい氷や水飛沫みずしぶきにより視界が白く閉ざされていたが、強化された真白あおの目にとっては問題ではなかった…………



 ……真白の脳裏に、闇夜のイメージが浮かんでくる……




 –––どうして…どうしてこんなことに…わたしは…わたしは一体どうしたらよかったの?…どうしてわたしがこんな目に遭わなきゃいけないの?どうして誰も助けてくれないの!?どうしてわたしだけが……どうして……どうして…どうしてどうしてどうしてどうして!!!



 憎い憎い憎い憎い憎い憎い…憎い!!!!!!!




 気が付けば黒髪の少女、その周りで動くものは何一つなくなっていた。黒い空、冷たい雨、そして黒い地面に飛び散った赤い鮮血……頭にもやがかかったように思考がぼやけている彼女…不意にその場で、かすかに動く何かを目の端で捉えた。視線をやると、そこには彼女と同じ顔をした少女が倒れていた…違うのは髪と目の色だけ…


 その白い少女を見た黒い少女、思考のもやが晴れていき、段々と全てを悟っていった…そうか…ぼくは彼女の……


 彼女…ぼくの本体…生きてるのか…?だとしたらどうして…どうしてこんなに存在が感じられないんだ?…ぼくが抜けてしまったからか…いや、ぼくだけじゃない、他の感情もおそらくは…


 じゃあ誰が彼女を守る?抜け殻同然の弱々しいを?……もう……一人ぼっちなのに……


 いや一人じゃない、ぼくがいる…誰もぼく達のことなんか助けちゃくれない…自分で守るしかないんだ…あの子を、いや、ぼく自身を!


 可哀想な抜け殻のぼく、きみのことは何があってもぼくが守る。ぼくはきみの影となって、どんな絶望だって、きみには少しも近づけさせやしない……


 ………そう……ぼくという絶望すらも…………–––

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