衣香襟影

 「…しつこいやつだなぁ…」情力で水を巻き上げる真白あかを見て、段々と苛立った表情を見せる黒。


 「水縄みずなわ!」彼女の声と同時にその水が帯状になり、黒に絡みついて襲いかかる。しかし影を纏った黒にはやはり通用せず、すり抜けた水流が水面に叩きつけられ、バシャンと大きな音を立てる。


 その水飛沫みずしぶきの中、真白あかは黒に向かって疾走し、水のしたたる警棒で黒を一閃する。当然その一太刀は黒をすり抜けたが、構わず真白あかは警棒を振り続け、黒が反撃しようとすればその瞬間黄に交代し、高速で動いて距離をとる。そしてまた赤に戻っては、攻撃を繰り出している…


 そうした一連を何度か繰り返したとき、黒の影が彼女の身体からずり落ちて足元へと戻ってゆく。「影がなくなった…そうか、時間制限!」勝機を見出だした真白こうは情力で一気に距離を詰める、しかし…


 「うわっ!」いきなり黒の足元から現れた影が、まるで布のように真白こうに絡みつき、そのまま彼女を上空へともち上げ…彼女を下に叩きつけた。


 「…衣香いこう襟影きんえい…」激しく水柱の上がる光景を目にしながら、黒は静かに言い放つ。


 「…ふふ、残念だったね…確かにぼくが影をまとっていられる時間には限界がある…」影をくゆらせつつ、黒が酷薄な笑みを浮かべる。「でもそれは、=《イコール》影を操れなくなるって訳じゃない…どうやら読みが足りなかったみたいだ。」




 (強過ぎる…わたしの「憎しみ」はこれ程までに…!」真白は遠ざかってゆく水面を眺め、自身の感情の強大さに打ちひしがれていた。どうやらこの水面は一定の衝撃を受けると立つことが出来ず、そのまま水底みなぞこへと沈んでゆくらしい。


 黒く深い深淵しんえんへと沈んでゆく真白、するとどこからか声が聞こえる…


 (面白くなってきたじゃないか、交代だよ…)




 黒は突然目の前で水が噴き上がるのを見て取る。その噴射元から現れたのは…


 「お前は…「楽しみ」の分情…!?」


 「そうだよ、りょくとでも呼んでおくれ…」


 そこには髪と目が緑色となった真白りょくが、不適な笑みをたずさえながら立っていた。


 (あいつ…今までどこに潜んでやがったんだ!)


 (さあ…でもまぁ、今現れてくれたのは良かったんじゃないすか?丁度万策尽きてた頃だし。)


 真白の心の中、赤と黄がそう言ったのに対し、青は懸念を示す。


 (いえ、そうとも限りません…彼女は一度本体の乗っ取りを画策かくさくした、わたくし達に協力的とは…)


 (いえ、大丈夫…体の支配権はまだわたしにあります。今は緑さんが表に出ていますが、もしまた乗っ取りをされそうになったとしてもそれを阻止出来る立場にある…)


 戸惑う一同に、真白が神妙に頷いて見せる。


 (…ここは彼女に任せてみましょう…)




 「…そういえばお前もいたなぁ…「楽しみ」の分情…」黒の表情が一層険しくなる。


 「あたいだけけ者にしないでほしいねぇ、寂しいじゃないか。」対して真白りょくは底意地の悪そうな笑みを浮かべていた。


 「何が寂しい、だ…本気でそう思ってもないくせに…ぼくは四つの感情の内、お前が一番嫌いなんだよ…自分勝手、一人ひとり気儘きままにへらへらと!」


 語気を荒くした黒、再び影を操り真白に攻撃を仕掛けようとする、しかし…


 「氷膜ひょうまく。」真白りょくがそう呟くと、一瞬にして二人を囲むように氷の膜が生成された。ドーム状の氷によって内と外の世界が完全にへだてられる。


 「…なんのつもり?」黒がいぶかしげに真白りょくを睨み付ける。


 「すぐに分かるさ。」そう言った真白りょくは、速攻を仕掛けるべく冷気を黒に放った。地面の水を凍らせながら物凄い勢いで迫る氷撃…それを防ごうと、彼女は再び影を纏おうとする…が、そこである違和感に気付く。


 (影が…足りないだって?……!!」


 黒は咄嗟とっさに己の影を可能な限り壁状に展開し、自身がしゃがみこむことで影の表面積を最小限に留め、真白りょくの攻撃を何とか防ぎきった。その後すぐに跳躍して距離を取った黒は、苦々しげな表情で真白りょくにらむ。


 「お前…影を光でかき消したな…!」


 「ご名答、流石はあたいだ。」真白りょくは手を叩く。


 「そうさよ…あんたの言う通り、氷による光の反射で影の出来る場所を大幅に減らし、あんたの力が及ぶ範囲をせばめた…これであんたはさしずめ、俎上そじょうの鯛ってわけだ。」ニヤリと笑みを浮かべた真白りょくは、再び氷を生成し黒を攻撃する。


 「くそっ!」影を封じられた黒はその猛攻をなんとか避ける。ここに来て真白が優勢、攻守が逆転した。

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