白日の下へ

 真白からしたたる血が水面に波紋を生み、無彩色の世界が色付いてゆく…真白の背から延びているその黒い刀は、小刻みに震えていた。


 「……そんなこと…きみが言うなよ…」真白は痛む身体を無理に動かし、黒を抱きしめた…嗚咽おえつを必死で抑えている彼女を、強く強く抱きしめた。


 「きみに…きみにそんな顔させないために耐えてきたのに…今までの苦労が…無駄になっちゃうじゃないか……ぼくがきみに戻ったら…きみは「憎しみ」を…のことを思い出してしまう…!」


 「無駄になんてなりません…あなたが必死に頑張ってくれたおかげで…わたしはわたしで居続けられた…みんなに出会えた……それに今のわたしは…あの夜を思い出すことよりも…あなた一人に「憎しみ」を押し付けてしまうことの方が…辛いんです…」真白の目からなく涙が溢れる。



 「……辛かった…苦しかった…しんどかった!誰かにぼくの気持ちを知ってほしかった!!……でも…誰にも言えなかった…っ!ずっと独りで…寂しくてたまらなかったんだ……!」こらえ切れず、黒は静かに声を出して泣き出した。そんな彼女の背中を優しくさすりながら、真白は語り掛ける…




 「あなたは…ううん、はもう独りじゃない……これからはずっと一緒……何があってもみんなで分かち合おう……もう絶対に…………




 ……離れないよ……




 「真白、大丈夫かなぁ…」一方その頃。現実世界では、ドッペルゲンガーの面々が万一に備えて警戒態勢を取っていた。


 「…簡単には大丈夫…って言えへんな……結局うちら人間は、どれだけ取りつくろったところで最終的には感情が理性を上回ってまう。だから何回も同じ失敗を繰り返すし、その度に後悔して反省するんや…でもしばらくしたら結局また同じことをしてしまう…ほんま難儀なんぎなやっちゃで…」珍しく否定的な見解を述べる焔。


 「そうだね…まぁきっとそれは、人生が儚く脆いものだ、ってみんな思ってるからなんだろうさ…だからこそ、最短で最良の結果に辿り着こうとして無茶をした結果、望まれない結末を迎えることになる…ひょっとしたらこれは、数少ないこの世の真理なのかもしれないよ…」そんな焔に当てられたのか、血染も普段とは違い物憂げな表情で焔に応じる。周りで聞いていた者も、彼女の言葉を受け複雑そうな顔をしている。


 その時だった。


 「あっ、見てください、影が!」晶が指さした先、真白が潜った影の揺らめきが激しくなり、突如その中から何かが飛び出してきた。


 その場の空気が一瞬にして張り詰め、全員が武器を構える…何故なら影から出てきた真白の髪はだったからだ。


 彼女はゆっくりと韋駄天達を見回り、やがて焔を見つけると…。「さっきは…悪かったよ…」「え……じゃあ…」呆気にとられている焔に真白くろが言う。


 「ぼく…「憎しみ」の分情は…本体に還った。」




 真白の髪が白に戻り、今度は「慈しみ」の感情の真白が頭を下げる。「皆さん…本当にご迷惑をお掛けしてすみません…ようやく…全ての感情がわたしに戻りました。」


 「…と…いうことは…?」恐る恐る声を掛ける韋駄天に、真白はしっかりと答えた。


 「はい…記憶も…両親の顔も……全てを思い出しました!」一同の緊張が緩和かんわし歓声が上がる。


 「おめでとう真白〜!!」


 「やっとか、よかったわほんまに!!」


 「頑張りましたね、真白さん!!」


 「ふっ…よかったね、真白。」


 ドッペルゲンガーの面々が次々に真白をねぎらう。


 「おめでとうございます真白さん!…ってあれ?これっておめでとうでいいんでしょうか…」


 「いいのよめでたいんだから!おめでとう真白ちゃ~ん!!」晶と糸も真白を祝福する。


 「ありがとう…ございます…皆さん、本当に今まで…ありがとうございました!!」真白は大粒の涙を目に浮かべながら、改めて感謝の言葉を皆に送った。


 「よせやい、照れるやろ!」焔が照れ隠しで頬を人差し指でく。


 「そうだよ、水臭いじゃん!ってうわ、思わずド定番なセリフ吐いちゃった!」韋駄天が苦笑いを浮かべる。そんな彼女達に、白い髪と目をした少女は穏やかに、を伝える…




 –––女がいた。肩くらいまでで切り揃えられた艶のある黒髪、夜のように黒いその目は、息を弾ませながら駆けてくる少女を優しく見守っていた–––



 –––男がいた。少しクセのついた白髪、朝焼けのように白いその目は、転びそうになりながらも笑顔で走ってくる少女を愛おしそうに眺めていた–––



 –––「「おいで、彩愛!!」」–––




 「みなさん…わたしの…わたしの本当の名前は……」




 「双代ふたしろ彩愛あやめです。」

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