第二部:暴情騒乱

第一章:色橋訪問編

英国での夜更かし

 シン…と静まり返ったイギリスの夜…ホテルの一室でベッドに腰掛け、窓の外、蒼暗く美しい夜空を眺めている少女がいた。彼女の髪と目はその空とは対照的な美しさの純白で、彼女はその白に似つかわしいはかなく優しげな表情を浮かべていた。


 彼女には二つの名前がある。一つは「傘音かさね真白ましろ」、女子高生であり、「ドッペルゲンガー」という集まりのリーダーを務めてもいる者の名だ。


 そしてもう一つの名は「双代ふたしろ彩愛あやめ」、これこそが彼女の本当の名前だ。彼女はある理由で、つい先日まで自身の記憶、そして感情さえも失っていた…更にはその感情が具体化し、姿目の前に現れたのだ。


 彼女の全てを取り戻す旅路は容易なものではなかった。だが彼女はドッペルゲンガーの者達をはじめとした数々の協力の元、自分の感情達との対話と激闘の末に無事、自身の記憶と感情を取り戻すことが出来た。


 「喜び」「怒り」「哀しみ」「楽しみ」そして「憎しみ」と「慈しみ」……有り体な言い方をすれば、真白には、ということだ。



 そして現在、彼女達は旅の疲れを癒すべく休息を取っていた。


 (…眠れませんね、真白さん…)そう言ったのは真白の「哀しみ」の感情が分かたれた存在「分情」の一人、あおだ。本名を思い出した彼女だが、ドッペルゲンガーの面々とは「傘音真白」として共に過ごした時間の方が長い。だから彼女は、彩愛ではなく真白として生活してゆくことを密かに決意していた。


 「えぇ。色々と思うことが…あまりにも多すぎて…」真白は記憶と感情が戻ったことで今まで忘れていた様々なことを思い出し、心の整理が中々つけれないでいた…そう、戻ってきた記憶は、決して懐かしくいとおしいものだけではない。


 (…まぁおれら感情は一部だが、全種類が本体てめぇに戻ったんだ。あとは気持ちと向き合っていくだけ、焦るこたぁねぇよ。)そう言ったのは真白の「怒り」の分情、あかだ。


 「そうですね、ありがとうございます赤さん…」赤の言う通り、分情達は皆自身の一部を本体である真白に還元させている。そのため分情は今なおこの世界…真白と同じ空間、同じ時間に存在することが出来ているのだ。


 また真白とその分情達は今のように、真白を媒体として各々おのおのが意思疎通を図ることが可能で、記憶も共有されている。つまり真白は、誰もが一度は願ったであろう「自分がもう一人いればいいのに」という願望を、叶えているということになる。


 (ねぇ、何か鳴ってるよ?)黒い夜が少しずつ明らみ始めた頃、「楽しみ」の分情であるりょくが音に気付く。(あ、ほんとだ。この音スマホの振動音じゃないっすか?)同意したのは「喜び」の分情、こうだ。


 真白が枕元に目をやると確かにスマホの画面が光っている…ディスプレイには「鏡さん」という文字が表示されていた。鏡、というのは真白の両親の知人、かがみ黒曜こくようのことで、今は亡きその両親の代わりに真白の面倒を見てくれている。


 「…はい、もしもし?」真白が電話を取る。「もしもし?ごめんなさいね朝早くに…っていっても、時差でこっちは夜の九時頃だけど。」落ち着いた女性の声が聞こえた…彼女が黒曜だ。「いえ、起きていたので大丈夫ですよ。」真白がそう返すと、彼女はこう答えた。


 「うん…。」

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