戻ったモノ、戻らないモノ

 「……ねぇ本体殿?」


 「…?どうしたんですか?」


 急に呼ばれたことを少し驚きつつも真白が応じる。「この戦いもそろそろ結末が見えてきたことだし…ここはひとつ他の感情達にならって、あたいも一部だけあんたに戻すってことでいいかい?」


 「え…な…何で急に…?」困惑する真白だったがその時、そう遠くない場所から尋常でない情念が発せられるのを彼女は感じた。


 「!?なんだこの情念…!こんなに強いものは今まで…!」


 「そう、これが理由。強さは比べ物にならないけど…うん、この感じは多分あたいの連れの一人、そうの情念だ。悪いけど現時点であたしの興味はそっちに向いた。でもどうせあんたはそっちに行こうとしたところで邪魔してくるだろう?だったら一部でもあんたの要求を呑んで、さっさとそっちに向かった方が面白そう…そう思ったまでだよ…あたいが言うとホントっぽいだろ?」不思議だが緑の言うとおり、彼女がそのように言うと一層真実味が増して聞こえた。


 「ささ、分かったら早くあたいの一部を戻しておくれよ!」武器を片づけ、情力を止めて手を差し出す緑。真白はあまりにも呆気ない戦いの幕引きに少し戸惑いを見せつつも同じく武器をしまい、そして彼女の手を握った…




–––「■■■!速く逃げないと追いついちゃうぞ〜!」誰か女の人の、とても楽しそうな声が聞こえる。


 「こらこら、そんなに早く走ると危ないよ■■■、●●●も少しは手加減してあげないと。」自分と追いかけっこをしている人とは別の、男の人の声…穏やかで、聴いていると心が落ち着く、そんな声…だが名前の部分だけが聞き取れない…


 「何言ってるのよ▲▲、遊びってのは全力でやるから楽しいのよ!ねー■■■!」なんでもない、でもかけがえのない時間、そして…二度と戻らない幸福な一時ひととき…あまりにも輝かしいその世界に、自らの心がどんどんかされてゆき……–––




 「はいストップ!」真白は急に現実の世界に引き戻された。


 「やっぱ分情であるあたいよか、本体であるあんたの方が吸収力は強いんだねぇ…あわよくば、と思ったけど…逆に全部もってかれそうになったよ。」


 けらけらと笑いながら、真白にとってはとんでもないことをさらりと言う緑。唖然あぜんとする真白に、彼女は何事もなかったかのように言う。


 「ほら、なにぼさっとしてんだい!情念の方に向かうよ!」そう言うとさっさと情力を発動させて行ってしまった。


 (おい…真白に還元されたあいつが見当たらないぞ…一体どういうことだ…?)真白の心の中で赤が声を上げる。


 (あれほんとだ、いないっすね。赤さんや青さんが戻った時は、その瞬間にこの世界に現れたのに…)黄が同調する。


 (彼女…緑と名乗っていましたっけ…彼女はわたくし達の中でもかなり特殊な存在のようです…みなさん、用心に越したことはありません…特に真白さん、先程皆が視たイメージから「楽しみ」の感情が一部「本体」に戻ったことはほぼ間違いありません。しかし彼女が今見せた行動と言動、この体の支配権に関して何かしてくる可能性も……真白さん?)


 青の話を真白は聞いていなかった、そんなことよりも、彼女にとってはるかに重要なことに気を取られていたからだ。


 「感情が戻ったのに…喜怒哀楽、全部戻ったはずなのに…なんで……!」


 「!!」真白以外の三人は皆驚きの表情を浮かべる。


 (そんな…わたしは、わたし以外の誰かがその記憶をもってると思ったのに…)


 (バカ言え、そりゃおれのセリフだ!!てめぇらの誰かが両親の記憶をもって出ちまったから、おれぁ二人の顔も声も分かんねぇのかと…)


 (…真白さん、とにかく緑さんを追いかけましょう。ここにいる誰も両親の顔を覚えていないということは、彼らの記憶をもつのは彼女しかいない!!)


 真白は狼狽ろうばいしながらも青の言葉に頷き、急いで緑の跡を追った。

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