韋駄天

 記憶障害に加え、彼女にはもう一つ看過出来ない問題があった。


 「共感性の欠如」


 それが傘音真白、第二の障壁である。


 彼女は感情を上手く理解することが出来なかった。嬉しい、腹が立つ、悲しい、楽しい…それらの感情が彼女にはいまいち分からない。唯一「愛おしい」という感情は…自然を愛でたり、小さな子を慈しむ…そんな気持ちは、彼女にもなんとなく理解出来た。


 記憶障害の影響か、はたまたずっと前からそうであったのかは当然今の真白には分からない。しかし自身の過去を知らないことに対してさえ、彼女は何も感じず、何も思わず…高校生の自分は高校に通い、それが大学生になったら大学へ、社会人になったら会社へ…それが世の常で、自分はその常識に沿って生きてゆき、そして死んでゆくのだと…そんな漠然とした人生観を抱いていた。




 だがそんな彼女の青写真は、一人の少女との出会いで大きく変わることとなる。




 「真白、おっはよ~!」


 晴れて高校生となった真白に、後ろから彼女の名を呼ぶ声が聞こえた。真白が振り返ると、人懐ひとなつっこそうな雰囲気を発する、やや長めの茶髪をなびかせた小柄な女の子がぶんぶんと手を振りながらこちらに歩いてくる。


 彼女の名は黄喜きき韋駄天いだてん、真白のクラスメートで、韋駄天曰く真白と彼女は「親友以上、恋人未満」という関係性だそうだ。


 「困ったよもう!行く先行く先全部の信号で止められちゃうんだもんさぁ~…ま、そういうことってたまにあるけどねっ!」真白にハグをしながら道中の小さな不幸を嘆く彼女。「あ、そういえば今日の一時間目って小テストだよね?範囲どこだっけ?」


 「おはようございます、単語帳の4ページから7ページです」真白が機械的に教える。


 「あざーす、教室行ったらすぐ見なきゃね!」そういって彼女はスマートフォンのメモ機能で今聞いた情報を記録した。


 真白が韋駄天と出会ったのは高校の入学式で、式での席が隣だった彼女が真白に話し掛けたことで知り合った。記憶と感情で問題を抱えていることを真白から聞いた韋駄天は思いのほかこの話題に食いつき、少し話し合った後、気が付いたら「二人で真白の記憶を取り戻そう」という流れに変わっていた。


 この韋駄天という少女、中々個性的な子で、いったんスイッチが入ると完全に自分の世界に入り込み、その状態になると所謂いわゆる「馬耳東風」状態になってしまうのだ。


 世の中にはこんな慣用句がある。


 「天才と変人は紙一重」


 実は彼女、機械関係についての造詣ぞうけいが非常に深く、名門高校から推薦入学の誘いがあった程の才女なのだ。前述の自己没頭も、裏を返せば凄まじい集中力をもっているということに他ならず、自身の興味がなくなるまで恐るべき学習能力と記憶力を発揮し、その対象を調べ尽くすのだ。


 そんな彼女が普通の公立校に来たのは、ずばり「進学先を決めた理由は」という質問に対し「家が近かったからです」と答えてみたかったから…という、常人からすると共感しづらい理由であった。


 彼女にとって真白の問題は非常に興味をそそられるものだったらしく、出会ったばかりのうら若き女子高生、真白と韋駄天の二人は、真白の問題解決に向けて早速行動を始めるのだった。

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