フラッシュバック

 その日から光…改めライトの、一座での生活が始まった。移動劇団"Emotus"の財源は移動して立ち寄った場所で、劇を行うことによる興行収益が主だ。演目は様々だが特に喜劇が多く、それも小劇団にしては中々の客入りで「その一座が立ち寄った街には必ず笑い声が溢れる」とすこぶる評判が良かった…SNS文化がまだ発展途上だったのにも関わらずだ。


 ライトも回復してからは少しずつ一座や演劇のことを学んでゆき、飲み込みの速さとその可憐な容姿から瞬く間に看板女優となり、客入りは更に増えた。彼女にとって生まれて初めて、心から「長く続いてほしい」と思えるような日々を過ごしていた。




 しかし…運命の時は無慈悲にも訪れる。




 ライトが一座に拾われてから約二年が経過した、ある日。


 「ライト、座長を見ていないか?」すらりとした長身に黒髪の少女、後の柘榴ざくろ水面みなもが尋ねる、当時の彼女は"Aqua"(アクア)と呼ばれていた。「ううん、私は見てないよ!」「そうか。まったくどこに行ったんだか!領収書に気になる記載があったから詳細を聞きたかったのに…」一座のしっかり者であった彼女は、座長から財務担当を任されていた。


 「どうせまた迷子になってるんでしょうよ!まったく、だから一人で出歩くな、道案内を付けろ、って言ったのに!!」レンズのやや黒っぽい眼鏡を掛けた赤毛の少女、千種訊来乃、もとい"Rose"(ローズ)が頭を抱える。


 「いやいや、まだ迷子になったと決まった訳じゃないでしょ…てか座長言ってなかったっけ、今日は用事で帰りが少し遅くなる、って。」髪を指でいじってもて遊んでいる金髪の少女"Harr"(ハール)…現在の枯野かれの御櫛みぐしが呆れたように答えた。側で聞いていた光は少し気になったが、それでもなお、明日も今日と変わらない日常がやって来るのだと、そう信じていた…




 「みんな…今すぐ荷物をまとめるんだ…」「座長!?どうしたんだその傷は!!」日も沈んだ夜、あちこちから血を流している座長が移動式の家屋、その玄関に倒れ込む。「あぁアクア、済まないが水を一杯持ってきてくれるかい?その後悪いが、皆に声を掛けて来てくれ、今すぐここを発つ、と…」


 突然の事態に一瞬困惑するアクアだったが、頭の中で瞬時に状況を整理すると、ひとまず水を取りに台所へと向かった。


 「皆いるね?時間がない、必要なことだけを言うよ、詳しくは後で説明する…今から僕達は、を捨てて遠くへと逃げる。」


 「!!」「なんで!?」「どうしたの座長?「いやだよ、この家を離れたくない…!」


 様々な声があちこちから上がる。


 「……頼む…だ…!」


 その一言だけで、一瞬でその場が静まった。何故なら普段の彼は対話を重視し、役職を利用して強引に話を進めるなんてことは決してしなかったからだ。彼のその態度で、状況がいかに切迫せっぱくしているものであるのかを一座の全員が理解した。




 「さぁ、急いで!!」暗い夜の中、光達は最低限の荷物を持ち、駆け足で街を離れるべく急いでいた。


「ライト…」「何?」「…座長の目って…じゃなかったよな…?」アクアがライトにこそっと尋ねる。「う、うん…あの人の目は茶色だよ。」「…そう…だよな…見間違いか…」それからは何も言わず、アクアは背負っている鞄を持ち直した。


 「…僕の認識が甘かった…あいつらまさか、ここを突き止めるとは…一体どこから情報を…?」座長がそう呟くのをライトが聞き取った…次の瞬間だった…


 彼女達の視界は、激しい白に占領された。

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