五里霧中、後ろを振り返る

 ---…ここは…どこだろう…


 あれ?いまわたし、たってるの?あるいてるの?…ひょっとして……あぁやっぱり…たおれてた…


 だめだ…もうなにがなんだかわからない…なにかからにげなきゃいけないのに、うでもあしもうごかないや…


 さっきまであんなにいきぐるしかったのに、いまはそれもらくになってきた…


 まちのひとたちのはなしをきいてて…せっかくここのことば、ちょっとわかってきたのになぁ……


 そうだ…さいごは…せめてさいごくらいは、わたしのすきなものをみながら………---




 時は少しさかのぼり、真白の心象世界にて。


 「……」空と水面がどこまでも広がる美しい空間の中、真白の分情達は黒の話をじっと聞いていた。


 「…頼む…!」彼女達は、気位の高い黒が頭を下げるさまを見て戸惑っていた。「でも、言う程簡単にはいかないと思うんすけど…」黄が眉間に皺を寄せる。「あぁ。さっきから手を替え品を替えで戦ってるが、未だやつに傷一つ付けちゃいねぇ…」赤が苦々しげに吐き捨てる。「氷膜、前みたいにとちった訳じゃないのに破られちまったからねぇ。」緑はさほど悔しくなさそうに呟く………




 「……分かりました、あなたの意志を尊重しましょう。」青の言葉に皆が再びどよめく。「さっきも言った様に、彼女を倒せる可能性が最も高いのは黒さん、貴方ですからね。但し、条件があります。」「条件?」首を傾げる一同、青はやがてその条件を話し始める………




 再び現実世界。


 真白と光がいた場所は彼女達による攻撃、火炎と水、二つの竜巻の衝突により散々たる光景であった。高温の白煙が立ち込める中、真白の髪と目が青く変わり、その双眸そうぼうが光の姿を捉えた。すると真白あおの脳裏に古ぼけた色のイメージが映し出されてゆく………–––




 そこは日本とは違うどこか異国の風景…ヨーロッパだろうか…石造りの家屋かおくが立ち並ぶ裏路地、一人の少女が行き倒れていた。白い髪はボサボサ、破れた衣服を申し訳程度に身に付けている身体…そこから見える手足はひどく痩せ細り、髪の色も相まって今にも消えてしまいそうな儚い姿だった。そんな少女の近くで、ふと誰かがしゃがみ込む………




 「お、気が付いたね!」その白い少女が目を覚ますと、こじんまりとした部屋、蝋燭ろうそくの明かりに照らされた仄白ほのじろい天井が目に入った。「さあ、ゆっくりと起き上がって…話せるかい?」どこか人を落ち着かせてくれる穏やかな声音こわねの主、癖っ毛であちこちにはねている黒髪の男が彼女に尋ねた。


 「あ……う……」少女は言葉を発しようとしたが、うまく喉に力が入らない…そのとき、彼女のお腹がぐうと鳴る。


 「おや!済まない済まない、お腹が空いていては話どころではないね!待っていて、今一座の子達がスープを作っているんだ。」支度したくが出来たらまた来るから、それまで安心してお休み…ジェスチャーも交えながらの伝達を終え、彼は部屋を出て行った。




 「ヒカリ…確かアジアの国、日本の言葉だね。意味は英語で"light"…うん、君にぴったりの名前だ!!」場面が移り、暖かな雰囲気の食卓。ようやく白い少女は話せるくらいにまで回復し、自身の名前を伝えた。「ふむ、外見的特徴は異なるが、君の話によると君は日本が出身の様だ…が、何故これ程離れた異国の地で行き倒れていたんだい?……そうか、何も思い出せないのか……この国の言葉を話せているということは、この国に来て長いか…或いはご家族にこの国出身の方がいるか……いずれにせよ、どうしたものか……」周りの子達から「座長」と呼ばれているその男は頭を悩ませる。


 「…せて…」その時、少女が口を開いた。「ん?」「ここにいさせて、なんでもするから!」


 急に詰め寄られ、座長は慌ててヒカリをなだめる。「ち、ちょっと待つんだ!僕はまだ君のことをよく知らないし、君も僕達のことを何も知らない。それに君には帰るべき場所が…」


 「ない…」


 「……どういうことだい…?」表情は一転、真剣な顔で問い返す座長。そんな彼に、少女は無表情で話し始める。


 「かえるところなんてない…だれもいない…わたしには……わたしには…だれもいない………」「………」座長は、まるで魂が抜けたみたいに空虚な目で俯く彼女をじっと見ていた、そして……


 「……仕方ない、ひとまずここを仮宿としておくれ。君にとって根無し草の僕らと出会ったことが幸か不幸かは分からないけど、少なくともという点では優位に働くだろうからね…我ら小劇団"Emotus"は、君を歓迎するよ!」彼は少女を覗き込み、優しく微笑んだ。「その代わり!質素倹約な生活を余儀なくされるから、その覚悟はしておいてくれよ…!」

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