天地鳴動

 「なん…だ…この情念…あり得ない…!?」風音は珍しく恐怖を露わにしながら、天高く昇ってゆく水面を見ていた。


 (この情念、あの時の黒に…いや、それ以上か…!?)隣の赤も改めて敵の強大さを認識し、顔をこわばらせている。


 「っ!くそっ!!」赤はダン、と両手を地面に叩きつけた。「逆雨さかあめ」が再強化され、それを阻止する為赤は、またもやその場から動けなくなってしまった。


 「……はは…」宙に浮いていたらいは、そんな状況でも笑っている。「だよねぇ!あんなもんで終わるワケないと思ってた!さぁ、戦闘再開だぁ!」バチバチと放電し、後ろの雷太鼓が強く発光する。


 「さて…聞こえていたな?今から貴様らが相手にするのは天災だ…自然の脅威に恐れおののくがいい…」雷とちゅうで対面した水面…彼女はそう言うと、先程雷がしたように手を上に掲げる。


 「…雲が…!」水面の手に招かれるように、黒雲が彼女の頭上に集まってゆき、そして雷の源である積乱雲が形成された。


 「雷雨らいう」雲が一瞬眩く輝き、その雲から無数の雷が地上に降り注いだ…そして宙に浮かぶ雷にも。


 「繋風けいふう捕影ほえい!!」雲が集まり始めた時から嫌な予感がした風音は、あらかじめ技を発動させていた。ザン、と旗が地面に突き立てられ、それを中心に向き、強さ、高低…全てが出鱈目でたらめな暴風が吹き荒れる…そしてその風により浮いた倒木が動かされ、その雷から赤と風音を守る盾としてみせた。雷もその手の棒を振り回し、自分に降りかかる雷撃をかみなりで相殺している。


 「…!」不意に雷は、急激に周囲の温度が低下しているのを肌で感じた、それもそのはず…夏にも関わらず、辺り一帯にが降り始めているのだ。


 「そうら、次は寒波だ…「氷雨ひさめ」。」天空の黒い雲から針のように鋭い氷が、数えきれない量の氷刃が重力に従い、そして急降下する。


 「そりゃ、「団扇うちわ太鼓だいこ」!!」雷が後ろの雷太鼓を叩くとその雷が手にしているキャトル・プロッドに纏わりつき、巨大な団扇のようになった、そしてその団扇をブォンと振ると、それから無数の電弾が放出され、氷刃を砕いてゆく。


 「風音、竜巻を!」風音は言われた通り風流を操作し、それを回転、上昇させた。「大渦潮おおうずしお!!」その風に赤が水を足し、文字通り二人を内包する渦潮となって氷を防ぐ。「うわっ!」しかしその氷は水となり、そして渦潮の中に流れ込んで二人を分断した…赤は大量の水に押し流され、遠くの木に衝突する…


 「やはり邪魔なのは…あの赤髪か…」水面が赤に人差し指を向ける。するとその指先から、極限まで圧縮された水が勢いよく噴射した。「赤!…がぁっ…!」風音は水面の攻撃から赤をかばい、太腿をその水の弾丸が突き破る。「風音!!」赤が叫ぶ。「ちっ、外したか…次は…!」だが次は撃てなかった。今度は雷が自ら攻撃を仕掛け、その一閃を水面は形成した水の盾で防ぐ。


 「…あーしの仲間に…何してんの?」抑揚のないトーンでそう言った雷、その目には明確な「怒り」が宿っていた…しかしそれは同時に「楽しみ」の感情が薄れたということ。「怒り」を宿らせてしまった雷の激情紋様は、案の定消えかかっていた。


 「これは好都合、激情態でないのなら処理は容易たやすい…」水の盾は形を変え、逆に雷を押し返す。その勢いに耐えきれず、雷は地上に落とされ、落下地点から土煙が上がる。「付け焼刃の激情態、所詮は此処ここまでだな…まぁ念には念を、再度激情態になられるのも面倒だ…貴様から始末してやる。」水面は水で弓矢を形成し、今度は雷へと狙いを定める。


 「く…っそ…!」雷は落ちた時の衝撃で動けずにいた。「鎌鼬かまいたち!!」風音の声と共に、雷に攻撃させまいと水面に飛ばされた真空の風刃…しかしそれも虚しく、水の壁によって防がれてしまう。


 「…やはり…貴様から逝くか?」憤怒にその目を赤く光らせる水面…水の矢は音もなく、そして慈悲もなく風音の心の臓目掛け射られ、放たれる。


 「風音ぇ!!!!」赤は叫ぶことしか出来ない…今彼女が動いてしまえば、水面の技によって彼女達の身体は、たちまち内側から弾け飛んでしまう。


 (あぁ……ここまでか……)脚を負傷し、もはや動くことが出来ない風音…(ずっと一緒に…居たかったのにな……)




 ―――独り…さみしくないすか?―――




 父親は物心つく頃に蒸発し、母親もそんな男との間の子である自分を、まるで空気いないもののように扱う始末…そんな家庭環境に加え、情力、それも「喜び」の情力という不似合いな「異物」を抱えてしまったことによる疎外感……人の溢れる世で一人、絶望的な孤独感を抱えていた風音にとって黄の存在は、まるで太陽のように眩しく、そして暖かなものだった…




 ―――よかったら…友達になってもらえません?………アタシも……独りぼっちなんすよ……―――




 (多分、私の情力が「喜び」だったのは…あなたと出会えた「喜び」を感じる為だったんだろうなぁ…)覚悟を決め、地面に横たわって目を閉じる風音。(ごめんね黄…でも、もう一人のあなたは私が守ったよ……それじゃ、さよなら…)最愛の人に心の中で謝罪しながら、命果てる時を待つ……




 …だが……その瞬間は訪れなかった。




 刹那の明転、そして飛び散ったのは……の血だった。

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