荒天

 (妙だ…あのかみなりむすめ、速度が徐々に上がっている…いや、威力もだ!)戦いの最中、水面は変化を感じ取った。「感情を整える、とか言っていたな…一介の小娘風情が、こんな僅かな時間で力の上昇など起こせるはずがないと油断していたが…この情念…まさか…!?」水面が一つの可能性を危惧し始めた、が…すでに遅過ぎた。


 「…あいつ…!」離れた所にいる赤ですら、らいの情念が急激に上昇したことを認識した。


 雷の体には緑色の激情紋様が浮き出ていた。更に驚くことには感情に支配されず、意識もしっかりと定まっている。


 (…そうだ、「楽しい」んじゃないか…これはゲーム、遊びなんだもん…)今までとは比にならない質量の稲妻を全身からほとばしらせながら、雷は思う。


 (相手が強ければ強い程…倒しにくければその分だけ…攻略し甲斐があるってもんよ!!)風音は風を発生させ、すぐさまその場から離れた…下手をすると巻き添えを喰ってしまうと本能的に感じたからだ。




 「感情昇華「快楽」…「雷神」!!」




 いかずちが形を変え、まるで小さな太鼓が連なっているように、半円状にらいの後ろに現れる。


 「つづみぃ!!」その太鼓の一つを手にしたキャトル・プロッドで叩く、すると大砲のように雷撃が発射され、水面目掛けて飛来する。「くっ、「遣らずの雨」!!」水面を閉じ込めるかのように水が地面から噴射し、彼女の四方を囲む。そのおかげで、雷の雷撃は水面の体には届かない。


 「やるじゃん!じゃあ次、「平太鼓」!」先程とは別の雷太鼓を叩く。すると今度は平べったい雷の球が幾つも現れ、水面に吸い寄せられるかのように飛んで行った。「小賢しい真似を!」水面の手の動きに連動し、彼女を囲む水壁が分厚くなる。しかしその分視界が悪くなり、雷はその瞬間を逃さなかった。


 「!!」水面が気付いたときには雷は目前に迫り、そして彼女はその手の武器を振りかぶった。


 (激情態になったばかりなのに、もう力を使いこなしてる…まともに話せているのがその証拠だ…!)雷達から少し離れた風音は、彼女の攻撃によって大きくふっ飛ばされていく水面を見た。「風音!」「赤!」赤が風音に駆け寄って来た。「あいつの情念が弱まった、おかげで結界を発動しながらでもこうして動けるようになったぜ。」質問される前に赤は答える。


 「で、戦況は?」「うん、今雷が水面をぶん殴って、水面はあっちの方に飛んでった。」「まさかあいつが激情者として覚醒するとは…」「わたしも驚いた、今も追撃する為にものすごい速さですっ飛んで行ったし…ほんと人って見た目じゃないよね…」二人は顔を合わせて苦笑した。


 「さってっと…あいつはどこに飛んでったのかな〜…」原理は分からないが電気を使い上空に浮上した雷は、額に手をつけて森の方角を見渡す。「めっちゃぶっ飛ばしちゃったけど…多分あの辺かな?…ここに他の人はいないし…やっちゃってもいいかぁ…♪」雷は武器を持つ手とは逆の手を天高く掲げた。すると後ろの雷太鼓から電気が放出され、彼女のその手に集約し始める…


 「いっくぞ〜、「雷撥かみなりばち」!!」彼女がその手を振り下ろす、するとその動作に従って集まった雷が棒状になり、音速を超えて水面へと向かっていった。それはまるで、気紛きまぐれな雷神が下界へと、いとまをかき消すかのようにいかづちを落とし、楽しんでいるようであった。


 ドン!と、腹の底に響く重低音が湖畔に響き渡る…そして木々のそこかしこから立ち昇る炎…


 「やったか?」「分からない…」赤と風音は地上で会話を交わす。雷は橙色に染まる森をじっと見ていたが………




 「感情昇華「憤怒」…「雨露うろ霜雪そうせい」」




 「「「!!!」」」



 三人が同時に総毛立つ。形容し難い感情の圧力、大気の振動、降り出した冷たい雨と共に肌を刺すのは…「怒り」を超えた「憤怒」…


 燃え盛っていた炎が天より注ぐ雨水によって消火され、シュウ、という音が静かに木霊する中、人影が夜空へと昇ぼってゆく。


 「まさか激情態これを使う羽目になるとは…あぁ、腹立たしい…」流動する水を従え、激情紋様をその身体に浮かばせた水面がおごそかに宣言する。


 「覚悟しろ…今から貴様らが対峙するのは……」




 「…だ。」

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