停電

 雷の左胸を突き抜けた水の矢は軌道が変わり、風音のすぐ側に着弾した。人一人を貫き威力が落ちているにもかかわらず、その水矢は地面をえぐっていた。


 風音は目の前で起きていることを、じわじわと広がってゆく血の海を見て緩やかに理解し始める。


 「らいぃぃぃぃ!!!!」荒れ果てた湖畔に風音の絶叫が響き渡った。


 「あの位置…心臓を貫かれてはもう助かるまいな、まずは一人目だ。」冷たい声が、その悲鳴をかき消すかのように天から降ってくる。「心配するな、貴様らもすぐそいつの元に………!?」水面の眼前に突如、電気の膜が現れる。少しでも触れたら命取り…直感的にそう悟った水面は、その膜から急いで距離を取る。水面は戦いの中で初めて冷や汗を浮かべた。


 「…!あいつの技が…」球状に展開しているその膜の内側、水面の逆雨が作用しないことに気付いた赤は地面から手を離し、風音達の元へと駆け出した。


 「なんで…なんでわたしなんかかばったのよ!なんで!?」ほとんど地を這いながら倒れている雷に近づく風音。彼女は医療に詳しくなかったが、取り返しのつかない状態であることは理解出来た。


 「…この…膜……うち…に……げな…」声にならない声で雷は意志を伝えようとする。「………んな…か…お…しないの……」止めなく流れる大量の血…それに構わず雷は掠れた声を絞り出し、震える手で涙を流す風音の頬に触れる。「……たし……やっぱ…み…なが……す………き……………」




 風音は彼女の手を握りしめていた…だがどれほど強く握っても、もう握り返してはもらえない…ただ絶望の…死の冷たさが伝わってくるだけ……




 「雷……」怒り、悔しさ、不甲斐なさ…いろんな気持ちがないまぜになった表情を浮かべ、二人に目をやる赤。(おれがもっと強ければ…これじゃあ…と一緒じゃねぇか…!)己の無力さに、彼女は唇を強く噛み締める。


 (らい、とかいったか…死の間際、命を使って放った技がこの雷膜という訳だ…私の雨露うろ霜雪そうせいをもってしても、流石に消し飛ばすことは出来ないか…が、それも間もなく消える。激情態でもない残りの連中、最早私の敵ではない…)水面は電膜が消えるのを、天空にて静かに待っていた………




赤……赤……赤…赤、赤、赤赤、赤、赤赤赤赤赤怒赤赤赤赤赤怒赤赤朱赤赤赤赤赫赤赤赤緋赤赤赤赤怒怒怒赤赤赤赤……赤!!!!!!!




 「!!!」水面は眼前に水の膜を張る…薄い水の膜を何層にも重ねた、水面最強の防御壁だ……しかし、彼女は


 「馬鹿な…何故私は「春雨はるさめ百穀ひゃっこく」を発動した?……まさか…気圧された…?エモートゥス第二の地位に立つ私が…恐怖のあまりそのような行動を取っただと…!?」かつてない戦慄を覚えた水面は、水で刀を形成し警戒態勢を取る。


 ゆらりと立ち上がった風音、彼女の顔に刻まれているのは……赤い激情紋様。

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