第七章:輝劇第三幕編

弱肉強食

 場面は再度、柔と血乃の戦いに戻る。


 「…ったく鬱陶うっとうしいわねちょこまか動き回ってくれちゃって!!」血乃が苛立って怒声をあげる。対する柔は息一つ乱さず、平然としてそんな彼女を見ていた。


 「どうしたどうした?ご自慢の血は一滴たりともわしにかすりもしとらんぞ?だのにもう降参か?」


 (こいつ…話に聞いた通り、関節の可動域があり得ないほど大きい…あんな変則的な動きされちゃ、ろくに狙いを定められないじゃない!…でも…こっちの攻撃が全然当たらないのは、それだけが理由じゃないような…もう、何なのよこの感じ!)少し息を切らせながら血乃は、どこか得体の知れない柔にかすかな困惑、そして恐怖を抱いていた。


 「…調子に乗るのもその辺にしておくことね…仕方ない、こうなったら…」血乃は着ている上着の中をまさぐり、内ポケットから血液の入った瓶を複数本取り出した。そして先程と同様それを宙に投げ、自身の血液で串刺しにした。瓶が割れて中身の血が飛び出し、彼女の武器が新たに増える。


 「ほう、面白い…さあ、かかって来い!!」柔の声と同時に血乃が血液を操り、全方位から柔を突き刺そうとする。柔は関節を曲げ、その猛攻をぬらりくらりと避けていた…しかしとうとう、肩の部分を血がかすめ切ってしまう。「!」目を細めた柔は一旦後ろに跳び、血乃から距離を取った。


 「ふ…ふふふふふ、あははははは!ようやくあんたの体内に私の血を流し込めたわ!これであんたを内部から破壊して、それで終わりよ!!」勝ち誇った笑みを浮かべる血乃………




 「そうか、ではわしはぬしほふらねば、自分がられるということじゃな。」




 ……気が付くと、血乃の胸には苦無が突き立てられている。




 「…え…」何が起きたのか理解出来ていない血乃、いつの間にか彼女の前に立っていた柔がその苦無を無造作に引き抜き、赤い飛沫しぶきが自分の視界に広がるのを認めてからようやく、彼女は自分が刃物で心臓を貫かれたことを把握した。


 「ぐ…ふ…」口から血を滴らせる血乃…胸から広がる鋭い痛み、そして急激な凍えを感じながら、彼女は地面に突っ伏した。


 「済まんのう…わしも人間、なんだかんだで自分が一番大事なんじゃよ。」そう言った柔の目には何の感情もなかった。「られるまえにる」それが自然だと言わんばかりの、合理的で冷たい目をしていた。


 「せめてもの詫びじゃ、わしの仲間も知らんことを教えてやる。」血の海に沈む血乃を見下ろしながら、柔はニィと笑う。




 「わしはなんじゃよ。」




 「…!」辛うじて動くまぶたをピクリと痙攣けいれんさせる血乃。「わし…というより、わしの一族、と言った方が正しいか…わしらは現代に至るまで、忍として鍛錬をしておってのう…いわゆる「裏の稼業」も何度か請け負ったことがある。おぬし、戦いの最中わしに違和感を感じ取っておったじゃろう?その理由はそれじゃ…わしは情力なしでも人並み以上に戦えるし、なんなら暗殺術のプロなんじゃよ……っと、もう聞こえとらんか。」


 血乃は既に事切れていた。風が吹いて赤い水溜まりが揺らぎ、波紋が出来る。「…さて!時間が出来たことだし、色橋市民の皆さんでも助けに行くとするかの!」柔は血の着いた苦無をくるくると回しながら、音もなくその場から立ち去った。

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