エモートゥスの過去

 「……」美しい白髪を風になびかせ、崩落した建物の間を歩いていた瞳、すると…


 「…そろそろ出てきたらどうですか?」凛としてよく通る声で、急に「誰か」に呼びかけた彼女。その声に応じる形で、一人の女の子が瓦礫の影から飛び出してきた。腰の短刀を抜いて構える瞳を「あぁ待って待って、敵意はないから!」両手でなだめるその子。


 「…?」不審な表情のまま構えを解かない彼女に苦笑しながら、その子は自己紹介をする。


 「エモートゥスの諜報部門、千種ちくさ訊来乃きくのだよ、よろしくね!」ほがらかに笑う彼女。「私達の情力知ってるんだよね?じゃあ私がサングラスつけてる理由も、わざわざ説明しなくてもいいわよね!」けらけらと笑いながら彼女はその装身具をピンと指で弾く。


 「…何のつもりですか…?」そんな彼女に対し、眉をひそめ問い掛ける瞳。「まぁ当然の反応だよね。でもとにかく、話だけは聞いてほしい。」一転、急に真面目な顔に変わった訊来乃を見て、瞳は一瞬考えを頭の中で巡らせたが、「…分かりました、聞かせてください…」やがて彼女の提案を受け入れた。




 「単刀直入に言うと、あなた達に協力してほしいの…エモートゥスを止めるために。」「エモートゥスを…止める?」首をかしげる瞳をよそに、訊来乃は話を続ける。「…少し…私達の過去について話してもいいかしら?」瞳が頷くのを見て、彼女はゆっくりと語り始める。


 「私達はね、元は小劇団だったの…「エモートゥス」っていう名のね。」「!」そこまでの過去は視ておらず、少し驚く瞳を横目に訊来乃は話を続ける。「今のエモートゥスにも創立メンバーが残っててね?その中に現リーダーと副リーダーもいたんだよ……今は亡き、かつての座長は本当に人格者でね…世界から取りこぼされてしまった孤児に救いの手を差し伸べてくれていたんだ……私を含む現エモートゥスの…光と水面を含む何人かは、その座長に返しきれないほどの恩をもらってるんだよ…」


 瞳は訊来乃の話をじっと聞いている。


 「男手一つで多くの子どもを養うんだ、当然暮らしは貧しかった…それでも…暖かくて…幸福な時間だった…」


 遠い目をし、昔を懐かしむ訊来乃。


 「でも座長は命を奪われた……によってね。」


 「!!!」今度こそ、瞳はその美しい青眼を大きく見開き、感情を露わにする。


 「座長もまた具情者でね。自分、そして子供達の生活の為、情力を活かして傭兵となり、各地におもむいて戦力を提供していたんだよ…私達には内緒でね。それが原因であの人は恨みを買い、ある日私達の住処すみかは、その恨みをもつ者達によって襲撃された。いくら戦闘経験豊富な座長でも多勢に無勢、それに私達を守りながらの戦いだったから…」やりきれない様子の訊来乃に、瞳は掛ける言葉が見つからない。


 「結局座長は犠牲となり、その命を使って私達の命を繋いでくれた……そしてその日、が生まれたの…とても哀しくむごたらしい化け物がね…」


 「あの仮面を付けた子達ですね…」瞳の問いに訊来乃が頷く。「二人は具情者として覚醒し、襲撃者を全員返り討ちにした…そして水面は、一介の小劇団に過ぎなかったエモートゥスを世界規模の大組織にまで発展させ、光はその絶対的な力をもって、障壁となる邪魔者を次々と消していった…歪んだ理想の世界を目指すために……」


 瞳はしばらく黙っていたが、「…私の情力、ご存知ですよね?」と訊来乃に尋ねる。


 「えぇ、相手の過去を覗き見るものでしょ?…あぁ、そういうことね。」瞳の意図を見抜いた訊来乃は、特に気にする様子もなく言った。「いいよ、私の過去を視ても。それであなたに信じてもらえるのなら。」


一瞬の沈黙……


 「………いえ、貴女を信じます。すみません、貴女の反応を試しました。どうやら今の話は信用に足る様です…それに出来ることなら私も、無闇に他者の過去を盗み視るようなことはしたくないので…」瞳は少し申し訳なさそうな笑みを浮かべ、そう言った。


 「……私はもう一度エモートゥスを再興したい…あの人が…座長が目指していた、本当の意味で「みんなが元気になる場所」を…世界で苦しんでいる誰かを救う、希望の場所を…!」強い決心を秘めた表情の訊来乃は、サングラス越しにでも見てとれる。


 「お願い…力を貸して…」そう言われた瞳は、力強く頷き返した。

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