避難訓練が役に立つ、今夜この頃。

 「は~いみなさ~ん、押さない、駆けない、喋るのはオッケーのモットーで避難してくださ~い!」


 少女の軽やかな声が響くのは、真白達が滞在している「色橋グランドホテル」だ。黄はメガホンを使って呼び掛け、市民が安全なホテル内へ避難するよう誘導している。毎度お馴染み「韋駄天のハイテク技術」によって、色橋市民全員に避難情報及び原因の情報が行き届いている。市民が大人しく指示に従っているのは、その理由もあるのだ。


 色橋市は大都市といえる規模の街であり、当然そのホテルだけでは、色橋で暮らす全ての市民を避難させることは出来ない。そこで瞳の考案により、色橋市を東西南北で大きく四つのエリアに分け、各エリアの拠点地に市民を避難させることにしたのだ。


 色橋の東側に位置する例のホテルには黄が、西にはそう、電波塔がある南には糸、北には緑が、それぞれ護衛の配置につくことになっていた。


 「…にしても糸さんって人、ホントにすごいっすね〜。何十万といる住人の衣服に術を掛けて、即席防具に変えるばかりか、誘導の道具にもしてしまうなんて…!」黄の言うように、糸はその情力を用いて色橋市内という限定的な範囲に術を施し、市民の服の繊維に細工をしたのだ。彼らの服は今や、襲撃に対する最低限の鎧であり、尚且つ自身の避難すべき目的地へ案内してくれるナビにもなっている。


 「お、また雑魚具情者が来たか。」ふと黄は、遠くで上に延びている衣服の一部を発見し、情力を発現させてそこまで瞬時に移動する。


 糸の術は前述の機能に加え、住人に敵の襲撃があった場合その区域の護衛者に騒動の場所を伝えるブザーの役割も付与している。今黄はその知らせにより騒動の場へと駆けつけ、そして敵を速攻で片付けたところだ…どうやらエモートゥス率いる情力集団も真白達の敵ではなかったようで、ましてや情力の塊と言っても過言ではない黄が苦戦する筈もなかった。


 黄の情力「黄粱こうりょう一炊いっすい」は身体の強化で、それには持久力の強化も含まれている。故にホテルを中心とした半径数十m程度の距離ならば、行って倒して帰ってくる程度の運動では息も乱れない。他の場所の護衛者も各々おのおのの方法で襲撃者を撃退し、市民の避難をとどこおりなく継続させていた。


 「さて…みんなは今頃戦ってる感じすかねぇ…」ホテルに戻ってきた黄は、夜の空を見て仲間達の身を案じる。「…無事戻って来れたらいいんすけど…」




 「お、主がわしの相手か?」舞台は変わり、街中のとある学校…そのグラウンドにて、青率いるアマチュアジャズバンドのメンバー、菜種なたねやわらは一人の少女と対面していた。


 「そ、名前は黄朽葉きくちば血乃ちの、よろしくね!」金色の髪を手でもてあそび、可憐な笑顔で挨拶を済ませた彼女だが…


 「…よし、あなたの血…頂くわよ!!」表情は一変、まるで鬼のように獰猛どうもうな顔で柔に襲い掛かる、その手には鋭いナイフが…


 「うぉ!?なんじゃお前!!」豹変ぶりに驚きつつもその攻撃を簡単に避け、一旦距離を取り直す。


 「それで避けたつもり?」そう言った血乃は上着の内ポケットから何か赤い液体が入った瓶を取り出し、柔目掛けて投げつけた。「情力発現「嘔心おうしん瀝血れきけつ」!!」瓶が割れ、中の液体が宙で飛散した…しかしそれらは地に落ちることなく、鋭利な形状となり柔を襲う。


 「おっと危ない……ん、この匂い…どうやら、情報に間違いはないようじゃのう…」その液体に触れないように大きく距離を取った柔は、じっと血乃を見る。「血を操るとは、なんとも物騒なやつじゃ…!」それでもなお余裕を見せる柔、対する血乃も攻撃を避けられたことを特には驚いていない様子だ。


 「逃げないでよね。あなたはもう…私の血液えいようなんだから…!」彼女は「喜び」の情力者としては珍しく、身体強化以外に身体の一部と言える「血液」の物質操作も可能な具情者であった。

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