一時撤退

 「さぁ…安心してお休み…」その声と共に光は、真白に白剣を突き立てようする…


 その時だった。


 真白がゆっくりと顔を上げ、その目が光を捉える…真白の右目は赤、左目は青に変色していた。


 「!?」その目を見た光の動きが止まる…しかしどういう訳か、彼女は何故、それ程までに自分が動揺しているのか分からなかった…だが真白の目を…特に左の、青く哀しげなその目を見ていると、ひどく心がざわつく…何か、自身の存在に関わる程大切な何かを…忘れていた何かを思い出しそうな…そんな感覚………




 「鉄血、血雨ちさめ!」突然二人の頭上から声が響く。我に帰った光は、血染の攻撃を避けるべく後ろへ退がった。


 「真白!!」焔が彼女の側に駆け寄る。「あかん、情念がどんどん弱なっとる!激情態が解除された反動か…!」焦った様子で真白を抱き抱える彼女。


 「………」そんな彼女達の様子をぼんやりと眺めている光。


 (…何があったの…?普段の光さんなら軽口の一つや二つ飛ばしてくるのに…あんなに静かな彼女、今まで見たことがない…)そんな彼女の様子を見て、韋駄天達と一緒に駆けつけた八重は当惑の表情を浮かべていた。



 「なんだお前達、組織を裏切ったのか。」



 「「「!!!」」」八重、肌触、そして樹脂は、天から降ってきたその声に凍りつく。光と共に行動していたエモートゥスのメンバー、柘榴ざくろ水面みなもが空から悠然と降り立ったのだ。


 「残念だよ、お前達は皆魅力的な具情者だったのに…それによく働いてくれたしな…」何かに感づいた血染、慌てた様子で地面に手を当てる…するとそこを中心に、光と水面以外の者達を包むように血液の渦が巻き上がった。


 「…ほう、私の意図に気付いたばかりか、それを妨害するとはな…やるじゃないか。」水面は感嘆の声を上げる。「お前達、せいぜいそこの血の具情者に感謝するんだな…そいつが情力で抵抗していなければ…お前達は…」そう言われた彼女たちは一気に青ざめる。


 (こいつは…ヤバいぞ…!)普段なら頭に血を上らせ啖呵を切っていた焔だったが、水面が発する情念、そして殺気を感じ、表情を強ばらせている。


 「ん…お前は…!?」突然、仮面で顔は見えずとも、急に水面が明らかな動揺を見せた。そしてその視線の先にいるのは…


 「……!」そう言われた糸はわずかに表情を曇らせる。「…この流血バカ以外にも、まだその渾名あだなでアタシを呼ぶ者がいたとはね…」「…流血バカって…」不満の視線を送る血染を無視する糸。


 「…まぁ…今回ばかりはその物騒な渾名、使わせてもらおうかしらね………」


 空気が振動する、糸の情念だ。かつての糸を知る血染、そして水面以外は、普段とはあまりにも違う糸の一面に驚き、戸惑う。


 「…あんた達、エモートゥスとかいったっけ。随分とまぁ、にぎやかにきょうじているじゃないか…でもいい加減、その莫迦ばかさわぎも仕舞しまいにしとくこったね………御遊戯おゆうぎの中でその玉の緒、裁ち切られたくはないだろう…?」寒気すら覚える糸のおどし文句、それに普段の口調ではなく、それはまるで、だった。


 しかし、その牽制けんせいを受けてなお水面はひるまず、それどころか啖呵を切って見せた。「……悪いがその程度の威嚇で怖気付く程、私達の覚悟は軽くはない…」冷や汗をかきつつも逆に言い返し、糸をキッと睨み付ける。「邪魔をするというのなら…ここでお前を排除する…!」「怒り」の情念が強まり、水面の周りに空気中の水分が集まり始める…それを見た糸、そして他の者達も再び構えをとるが…




 「水面。」




 水面は自分の名を呼ぶ声に思わず振り返る。「…光…?」彼女の目にはまるで覇気がなかった、だがそれでいて逆に、今まで以上に危うい気配がかもし出されている。「水面…今日はもう帰ろう…」尋常でない光の態度を見た水面は、手を下ろして情力の発現を止める。「……あぁ、そうだな。ひとまずは果たした…帰還しよう。」

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