暗雲

 時は少しさかのぼり、晴天の昼下がり。


 ディナーショーまでは一時解散ということになり、各々が色橋市での観光を満喫していた。


 「うわぁ、糸ちゃんキレイ〜!!」


 韋駄天、晶、糸の三人は、着物をレンタルできるお店で着物をしつらえてもらっていた。


 「本当に綺麗…糸さん身長もあってスタイルもいいから、やっぱり映えますね!」


 「ちょ、二人ともそんな褒めないでよ、嬉しいけど恥ずかしい…それにそういう二人だってすごく可憐よ!」


 糸は赤を基調とした桜模様の着物、韋駄天は薄い黄色の布地に紅葉の舞う柄、晶は白地に青い牡丹の涼しげなものを、それぞれ身にまとっていた。


 「あぁ〜すごく楽しい!前からこういうことしたかったんだぁ〜!韋駄天ちゃん、晶ちゃん!付き合ってくれてありがとうね!!」満面の笑顔で糸にお礼を言われ、韋駄天と晶はこそばゆそうな表情をしながら、


 「「どういたしまして!!」」


 そう言い、三人は笑い合った。




 焔、風音、らい、そして赤とかいな達はとある和食料理店を訪れ、懐石料理をご馳走になっていた。


 「…流石は世界でも名高い和食だよな、ただ美味いってだけじゃなく、見た目や香り、それに栄養のことまで綿密に考えられ、そしてそれらが見事調和している…」しみじみと料理を味わう赤。


 「…………」対照的に、黙々と料理に箸をつける腕。


 「和食マジ半端ない、これはバズるわ、早速アップしよーっと。」アングルとライティングを気にする雷。


 「いや早くいただきなさいよ、せっかく料理人さんが丹精込めて作ってくださったんだから!」至極真っ当なことを言い、美しい所作で料理を食す風音。


 (…なんや?色橋市はうちにツッコミを期待してるんか?赤は謎の食レポモードに入ってるし、腕はさっきケーキあんだけ食っとったのにまだ食うし、雷はパシャパシャうるさいし、ほんでこれ誰や、風音?初対面の相手に情力で暴風ぶっ放してきたやつが、なんでこないに食べ方綺麗やねん…!)


 先程に引き続き、各キャラの暴走にうずうずしていた焔だったが、格式ある料亭ということでツッコミを再度自重し、柳川鍋やながわなべをぱくぱくと食べていた…




 場面は変わり、色橋市で最も大きい書店の学術書フロアにて。


 「瞳さん、難しそうな本読むんすね〜…」黄は瞳が手にしている本『利己的な遺伝子』を見て小さく声を上げる。


 「まぁ決して簡単ではありませんが、とても興味深いことが書いてあります…よ……」


 「ん?どうかしたんすか?」瞳にじっと見つめられた黄は尋ねた。


 「あぁ、失礼しました!いえ、黄さんは本がお好きなんだなぁ、と思いまして…あ、これも失礼ですね、申し訳ない…」


 謝罪する瞳に、黄は笑って答える。「あはは、まぁ言いたいことは分かりますよ。実は真白が本を読む時は、大抵「喜び」の感情が一番強かったんす。「慈しみ」の真白があんまり本読まなかったから、あたしが本屋さんに来たのを驚いてるんでしょ?」ズバリ考えていたことを言い当てられた瞳は気恥ずかしそうにコクリと頷く。


 「傘音かさね真白ましろ…というか、双代ふたしろ彩愛あやめって実は読書好きだったんすよ。ま、あたしが読むのはもっぱらミステリー小説、高尚な学術書にはほとんど無縁っすけどね。」黄はそう言いながらレジへと向かった…双代彩愛というのは真白の元の名前だ。


 「…ほう、『利己的な遺伝子』か。たしか「ミーム」という概念に関する論が述べられている本だったな。」続いて瞳に声を掛けたのは透那だ。


 「!この本読まれたことがあるのですか!?」瞳が思わず少し大きな声を立てる。


 「…ふっ…いや、しっかりと読み込めてはいない、表面をなぞっただけだ…だがミームというのは印象に残ったからな、それで覚えていただけのことさ。」透那は謙遜気味に答える。


 「実体はない、しかし確実に後世こうせいへとその存在を受け継がせてゆく…意図的にしろそうでないにしろ、な……もしかすると、感情もミームに当てはまるのかもしれない…」


 「感情も?」


 「あぁ。人はいわば感情の容れ物、でもその容れ物にはあちこちにひびが入っていて、そこから感情が漏れる。その感情は気化して別の容れ物に入り込み、やがてその容れ物に元々入っていた感情と融け合ってゆく…でも融けたからといって完全に消えてなくなるわけじゃない、質量保存の法則というやつだな。そうして感情はどんどん複雑に拡大、混在してゆく…」


 瞳はじっと透那の話に耳を傾けている。


 「…おっと、午後三時一分前だ!外気を体内に取り込まなければ!」透那は再びルーティーンを行うべく、いそいそと出口へ向かって行った。


 「人は…感情の容れ物…」一人残された瞳は、透那の話を頭の中で反芻はんすうさせる…本に囲まれた静謐せいひつな空間、小難しい表情を浮かべながら、彼女は物思いにふけっていた。

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