帰国の準備、旅行の準備

 午前八時半、ホテルの食堂にて。


 「おぉ、色橋!わたし丁度美味しいお寿司屋さん知ってるよ~是非行こう!みんなで行ったら絶対楽しいよ!」口元にケチャップをつけながらベーコンを頬張る韋駄天。


 「いいわね~色橋!アタシめっちゃそこ行きたかったの、和服屋さんで有名な場所だもん!それに伝統的な建物もいっぱいあるから着物着て写真撮ったらえるのよ〜!ね?晶ちゃんもそう思うわよね?」「え?あ、まぁ…はい、そうですね…色橋…私も凄く憧れていた都市です!」糸に急に話を振られた晶は驚いていたが、その目の輝きから彼女も相当色橋に行きたがっていることが容易に読み取れた。なにせ彼女の夢はデザイナーなのだ。


 「でも…いいのですか真白さん?貴女にとってその街は…」真白を気遣って声を掛けたのは瞳だ。感情を取り戻し、真白は思い出したことを皆に話した。瞳は真白が分情してしまうきっかけとなった色橋に訪れることで、彼女が嫌な思いをしないか心配してくれているのだ。


 「ありがとうございます瞳さん、でも大丈夫。もし何かあっても、わたしには皆さんがいてくれます…それに…も。」自分を指差す真白、そんな彼女を見た瞳は少し微笑み、机上きじょうのコーヒーカップに手を伸ばした。


 「さてと、こうしちゃいられない、早速飛行機やらなんやらの手配をしないと!ごめん、先に部屋戻ってるね!!」韋駄天はそう言い残すと食卓を離れた。「私もお先に失礼します、シャーロットに挨拶をしてこないと。」シャーロットというのは瞳の知人で、イギリスのバーミンガムにあるアブストラクト・ギャラリーという小さな美術館の館長だ。


 この美術館はつい先日、りょく率いる窃盗集団「グリーン・バール」に襲撃されている。黒が真白に還った後、ドッペルゲンガーの一行はグリーン・バールとのコンタクトに成功し、悪事を辞めるよう提言した。しかし…




 「悪いけど、うちらの中に人の忠告を真に受ける奴はいないんだよ…分かるだろ?止められないのさ、感情ってやつは…」結果、彼女達に足を洗わせることは出来なかった。「…まぁあたいの本体殿直々のご懇願こんがんだ、多少は自重じちょうしてやるさ…犯行対象は悪人だけ、そして取り分の幾らかは今迄のようにそれを必要としている人達に分配する、これで堪忍しとくれ…」


 本体とはいえ、真白達は警察でもなんでもない。いかに彼女達が悪事を働こうと、そもそもグリーン・バールを取り締まる資格などありはしないのだ。加えて彼女達の言う分配により少なからず救われている者がいることも事実、それを分かっていたからこそ、盗賊を何より忌み嫌う瞳ですら彼女達を見逃すことを渋々容認した程である。そうして話に決着がつくと、グリーン・バールの面々は再び闇にまぎれ、次の獲物を探しに去ってしまった。



 …という訳でシャーロットに対しかなり罪悪感を感じている瞳は、菓子折りを持って足早にギャラリーへとおもむいた。晶と糸は「イギリスを離れる前に洋服を買っておきたい」と二人で出掛け、血染はいつも通りに単独で情報収集、焔も疲れたので部屋で一休みする、と戻ってしまった。最後に残った真白も、色橋に行くことを黒曜に連絡するべく、カタン、と席を立ち、部屋に置き忘れたスマートフォンを取りに部屋へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る