路情襲撃

 キッチンワゴンの側にいた、大人の一歩手前という表現がぴったりなその少女が顔を上げる。すると彼女と同じく美しい黒髪をなびかせ、一人の女が歩いてくる。「久し振りだねぇ…いと。」


 糸、と呼ばれた、思わず見とれてしまう程の美貌びぼうの持ち主は、少し息をつき言葉を返す。


 「そっちは相変わらずみたいね、突然姿をくらましたかと思えばまた急に現れて…」


 「そうでもないさ…あんたも見ただろう?あたしが仲間といるの。」


 「仲間、ねぇ…」糸は血染が向いた方に目をやる、どうやら真白達の動向に気が付いていたようだ。


 「まぁ確かに、あんたが誰かとつるんでるのは珍しいわね、中々とくせのありそうな子達だったけど…でもやっぱり吃驚びっくりしたのは白髪の子、短い方。あの子…まるで赤の色違いじゃないの。」


 「赤?その赤ってのは赤髪の子かい?残念だけど、はそっちの方なんだよ。」血染が糸の目を見る。


 「…それを説明してくれるから、わざわざ一人残ってここに来たのよね?」椅子に腰掛けていた彼女は前の机に頬杖を突く…だがその視線は、まるで狩人のように鋭く血染を射貫いている。


 「ふふ、まぁそう焦らなくてもちゃんと話してやるよ…ただしあんたの話も聞かせとくれよ。何故あんたが…プアール・ア・フリールだっけ?そのキッチンワゴンに乗ってるのか…かつては「」と恐れられていた程のあんたが」


 「ストップ、過去の話はやめて。」糸が血染を制止する。「…コーヒーくらいれたげる、その辺に掛けといて。」椅子から立ち上がり車内へと消えて行く糸を横目に、肩をすくめながら言われた通り、血染は近くにあった椅子に腰掛けた。




 「皆さん、街への被害は最小限に!出来るだけ早急に路情を消滅させてください!」瞳達は瓦礫がれきの中を走り抜けながら、避難し遅れた人がいないかどうか探していた。ふと、建物の陰から誰かがすすり泣く声が聞こえる。彼女達が近づいてみると、年端もいかない男の子と女の子がしゃがみ込んでいた。


 ”Vous allez bien?”(大丈夫?)


 瞳が流暢りゅうちょうなフランス語で優しく話し掛ける、するとその子達は顔を上げたが、そこにいたのが知らない人だったことに思わず小さく悲鳴を上げた。


 ”Ne vous inquiétez pas, nous sommes de votre côté.”(心配しないで、私達は貴方達の敵じゃないわ。)


 瞳が再びその子達に話し掛ける。その子達は彼女が脅威ではないと判断したらしく、ぽつりぽつりと話し始めた。


 ”Notre maison s’est soudainement effondrée, et maman et papa ont disparu!”(あたしたちのおうちがこわれて、ママとパパがどこかに行っちゃったの!!)


 何とか言い終わった後、その子達は緊張の糸が切れたのか、とうとう声を上げて泣き出してしまった。「どうやらこの子達は親とはぐれてしまったようです、このまま置いて行く訳にはいきませんね。」瞳が皆に言う。


 「ほんならうちと瞳はこの子らの面倒見ることにして、真白と韋駄天は先に進んどいてくれ。安全なとこにこの子ら届けたらすぐそっちに戻るから。」焔はその子達を見て真白達に言った。


 そんな訳で焔たちと別れた真白達は更に先へ進み、ようやく路情達が暴れている所に辿り着いた。


 「最初と同じだね、ワタシと真白の二人組。」


 「そうですね。」


 少し笑い合いながら周りを見て状況を確認する。「…よし、住人はみんな避難したみたいだね、なら躊躇ちゅうちょする必要もなし、と…」そういうと韋駄天はしゃがみ込み、背負っていたリュックを下ろして中をごそごそと探し始める。「いや、躊躇はしてくださいよ…瞳さんも街は極力壊すなと…何してるんですか?」不思議そうな顔で韋駄天を見る真白に、韋駄天はこう返した。


 「初のお披露目ひろめだね、ワタシの新しい武器「液体金属」だよ!」


 韋駄天は、ちょうどボウリングの球くらいの大きさで銀色の物体を取り出し、地面にコツンと落とした。するとその球はまるで水のようにバシャ、と形を崩し、瞬く間に液状化した。更にその液体が生き物のように独りでに動き、彼女の足をみるみる内におおってゆく。


 「うん、問題なく機能してるね!それじゃ早速、路情退治と行きますか!」カンカンと地面を蹴り、同時に情力も発現させた韋駄天…武装した彼女は、路情に向かってすごい速さで突進してゆく。(いつの間にあんなものを…っといけない、わたしも加勢しないと!)真白も警棒を取り出し、慌てて彼女の後に続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る