会社辞めた俺が、料理作ってみる

会社辞めた俺が、料理作ってみる

「はあい。優太、莉緒ちゃん、集合。」

「なぁに、お父さん。」

 呼ばれて息子の優太と、娘の莉緒ちゃんが俺のもとに集まる。優太は小学二年生。莉緒ちゃんはもうすぐ三才になる。

「今日はお母さん、お仕事で遅くまで帰ってこないから、お父さんが晩ご飯作ります。」

「え、お父さんご飯作れるの⁉」

 俺の言葉に優太が驚いて反応する。

「はぁい。お父さん料理出来ます。何か作って欲しいものありますか?」

 想定内の返事に、俺は滑らかに返事と質問を続ける。

「豚の生姜焼き!」

「えと、えと、……リンゴシャリャダ(サラダ)ー!」

 優太は予想通りの回答。莉緒ちゃんはこたつに両手をついた状態で、ピョンピョンと跳ねながら、しばらく悩んで、最近食べた料理の中で、一番好きな料理を挙げてきた。まぁ、想定内だ。

 そんなことより、何、その動き!

 どこで覚えてきたの、そんな道具⁉

 可愛すぎるよ、莉緒ちゃんっ♡

 俺はそんな想いを抑えて、冷静を装い会話を続ける。

「はぁい。OK、OK。じゃぁ、買い出し行きまぁす。」



 スーパーに着くと、まずは肉を探しに行った。

「豚肉の生姜焼きっていうくらいなんだから、豚肉買えばいいんだよな…」

「…お父さん本当に作れるの?」

 優太が疑いの目を向けてくる。

「作れます。お父さん、お母さんと結婚する前は一人暮らしで、自分で料理作ってたんだからな。」

「……」

 優太が疑いの目をやめない。

 やめなさい。お父さんをそんな目で見るのは。

「あ!お父さん、これ!」

 優太が何かを見つけて指さす。見ると高級と書かれたシールが張られたパックがあった。

「これ高級って読むんでしょ。学校で習った!普通のより美味しいってことだよね?」

 俺は一応目をやって、値段を確認する。

 ……

「…却下。」

「えー、どうして?ねぇ、どうして?」

「小さい時から贅沢はいけません。大体味の違いなんか優太まだわかんないだろ。」

「お父さんもわかんないじゃん。お母さん言ってたよ。『お父さん味オンチだから、歯応えさえあれば問題ない』って。」

 純ちゃん、息子に何教えてるの?

 お父さんの威厳ってものがあるでしょ?

 確かに味オンチで、美味い不味いの基準は食感だけれども。

「ん?何だ。生姜焼き用の肉があるじゃないか。」

 俺は見つけた生姜焼き用の肉を手に取った。

「それでも高いな。最近はこんなものなのか?」

 俺は一応他のパックも確認した。この店だからなのかどうかはよくわからないが、値段に関してはそんなもののようだった。

 実は俺は最近会社を辞めた。純ちゃんはその会社で俺の上司だった。

 そんなワケで就活中の俺は、金銭に関して、シビアになっているところがあった。

 今日のこれも、次の仕事が決まるまで、何か家の役に立てればという思いがあっての行動だ。

「良し。これにしよう。」

 俺はカートにそのパックを入れた。その時カートに乗せた莉緒ちゃんと目が合った。

 莉緒ちゃんはにこーっと俺に笑顔を見せる。

 か、可愛い。なんて可愛いんだ、莉緒ちゃんは⁉

 先刻さっきの優太のあの疑いの目とはえらい違いだ。天使かっ⁉

 莉緒ちゃんは天使なのかっ⁉

 その後、サラダの具材をカートに入れ、最後にリンゴを見に行った。

「!お父さん、あれ!」

 優太がそう言って指さす方を見ると、またしてもあの高級シールが張られた、今度はリンゴがあった。

「いや、だから先刻も言っただろ。小さい時から贅沢はいけませんって。」

「えーっ…!」

 明らかに不満そうな顔で、優太が俺を睨んでくる。

「お値段お高くなりますが、その分美味しいですよ。」

 俺達のやり取りを聞いていた店員さんが、品物を並べる手を止めて話しかけてきた。

「お父さん味オンチだから、美味しいって言っても買ってくれないよ。」

 いや、何言ってんの優太。良いこと教えたみたいなドヤ顔もやめて。前から思っていたけど、優太って間が悪いというか、的外れというか、そういう合いの手ちょくちょく入れてくるよね?

 見て。店員さん明らかに困った顔してるよ。

 あ、…愛想笑い浮かべてあっち行っちゃった。そうだよね。どう答えたら良いかわからないよね?

「優太。お父さんが小さい頃はね、贅沢なんて出来なくて、大根の葉っぱ刻んだ漬物とか食べてたんだよ。」

「え⁉大根の葉っぱなんて食べれるの⁉」

「そうだよ。ちょっとしょっぱくって、醤油と鰹節でえて、ご飯に混ぜて食べるんだ。歯応えがポリポリして美味しいんだ。好きだったなぁ。」

「…やっぱり歯応えじゃん。」

「……」

 そういうとこだよ、優太。

「とにかく、贅沢はいけません。」

 俺はそう断じて普通のリンゴを手に取ろうとした。その時だ。

「ほちぃ(欲しい)。」

 そう言って莉緒ちゃんが高級リンゴに向かって思いっきり身体からだごと両手を伸ばした。もちろんそれでもカートからは届かない。するとくるっと顔だけを俺に向けて、あの笑顔を見せる。

「……」

 …たまには良いよね。退職金貰ったばっかだし、純ちゃんもいないし……でも純ちゃんに見つかったら、また甘やかしてって怖いからなぁ……

 しかし俺は黙って高級シールが張られたリンゴをカートに入れた。

「え⁉買ってくれるの⁉」

 優太が驚いた声を出す。

「今日だけだからな。お母さんには内緒だぞ。」

 優太が嬉しそうな表情を浮かべる。

 莉緒ちゃんはカートに入れた高級リンゴを手に取って遊んでいる。

 莉緒ちゃんとリンゴの組み合わせって…何この絵は⁉

 美術館に飾れるよね⁉

 問題ないよね⁉

 ……うーん、でもやっぱり罪悪感が…

「そうだ!大根の葉っぱの漬物も作ろう。優太、贅沢しなくても、美味しいものは作れるんだからな。良い勉強になるぞ。」

 優太は微妙な顔をしていたが、俺は大根を探しに向かった。



 家に帰ると、早速料理を始めた。

 生姜焼きは、豚肉焼いて、タレかければ良いんだよな?タレって何だろ?生姜焼きっていうくらいだから、生姜は入れるよな。後は醤油?甘辛かったような…砂糖も入れるか。生姜は刻んで入れたら良いのか?いや、り下ろすんだったっけ?…刻むか。歯応えあるしな。


「……」

 何だ。結構上手く出来たじゃないか。

「わぁ、美味しそう!」

 優太が出来上がった料理を見て声を上げる。

「言っただろ。料理出来るって。」

 莉緒ちゃんも必死に料理を見ようとするが、置いてる場所が高くて見ることが出来ない。すると莉緒ちゃんは俺に向かって両手を伸ばしてくる。

 あぁ、抱っこして見せろってことね。もちろん良いでちゅよぅ。

 俺は莉緒ちゃんを抱っこして、作った料理が見えるようにしてやった。

 いつ抱いてもこの抱き心地ってやつは…

 全身ぷにぷに♡

 莉緒ちゃんは料理を見た後、くるりと俺に顔を向けた。

 そしてこの笑顔!

 莉緒ちゃん絶対天使だよねっ⁉

 もう間違いないよね⁉

 俺は気を良くして次の料理に取り掛かった。

 リンゴサラダは具材を切って、マヨネーズかけて混ぜれば良いんだよな?じゃがいもは…茹でて擂り潰せば良いのか?

 俺はじゃがいもを茹でた。

 どのくらい茹でたら良いんだろ?こんなものか?

 俺は適当なところでお湯を捨てて、じゃがいもをボールに移し、すりこぎ棒でちょっと押し潰そうとしてみる。

 ゴキュパリッ

「……」

 外側は何となく出来ていたが、ほとんどがお湯に溶け、中の方は明らかに茹で足りない。そもそも茹でるのか?蒸すんだったっけ?とりあえずお湯は既に捨ててしまった。

 …歯応え良さそうだし、これで混ぜれば良いか。うん。きっと美味いはず。


「……」

 出来上がったものは、明らかに以前見たリンゴサラダではない。

 まぁ、じゃがいも擂り潰せなかったしね。これはこれでOKだ。間違いなくサラダではある。

「……」

 優太、微妙な顔をするんじゃない。

「?」

 莉緒ちゃんも不思議そうな顔しないで。首傾げちゃダメ!

 でもその仕種も可愛いでちゅねぇ♡

 後は大根の葉っぱの漬物か。漬物ってどうやって作るんだっけ?塩に漬ければ良いんだよな?漬けるって何だ?和えて置いときゃ良いのか?大根の葉っぱはそのまま刻むのか?茹でてから刻むのか?あ!塩水で茹でれば良いのか!


「……」

 ううん…見た目は何となく間違っていない気がするが…何か色薄い?いや、こんなものだったか?…良いのか?これで良いのか?何だろ、この胸のモヤモヤは……

「ねぇ、お父さん、本とかネットとか見て料理しないの?」

 優太、このタイミングでか?

 もう全部出来上がってるよね?

「優太。これが漢飯おとこめしってやつだ。男っていうのは、レシピなんか見ないで、豪快に作れば良いんだ。」

「…ふうん。」

 絶対納得してないよね。

「!そうだ!漢飯だ!こういうのは全部混ぜて、豪快にがっつけば良いんだ!」

 俺は丼を出し、ご飯を入れると、その上に全ての料理を放り込み、グチャグチャに混ぜてやった。


「……」

 …やっちゃったか……?

「……」

 こういう時にこそ何か言おうか、優太。

「……」

 やめて!

 莉緒ちゃんまでそんな顔するのはやめて!

 先刻の顔はどうちたんでちゅかぁ……

 …さすがに虚しいな。

 すると莉緒ちゃんがくるりとこちらを向いた。

 莉緒ちゃん⁉

「まじゅちょう(不味そう)。」

 あ、ダメなやつ言っちゃった。

「いやいや、こういうのは案外、食べたら美味しいから。それが漢飯ってやつだから。」

 あぁ、自分でも案外って言っちゃったよ。

「とりあえず、食べよう。」

 俺はそう言って一口、口にした。

「……」

 何だこりゃ?

 何て言うか…味が、渋滞してる?

 いや、単品で食ったら美味いのか?

 俺は肉だけつまんで口にした。

 …生姜焼きって、こんな味だったっけ?

 !ぐっ…⁉

 刻んだ生姜を嚙んだ。口の中が全て生姜になる。言い方変か?でもそんな感じだ。

 そうだ。リンゴだ。リンゴの爽やかさで口の中を元に…

 ……

 これじゃがいもだよね?茹で具合の足りなかったじゃがいもだよね?何この感覚?リンゴと思って食べたら茹で足りないじゃがいもだったこの違和感。脳が追い付いてないよ。歯応えも思ったより中途半端だし。さすがに美味いと思えない。

 いや、まだ、大根の葉っぱの漬物が…

 ……

 …ポリポリどこ行ったの?茹で過ぎ?味もこんなだったっけ?歯応えないから不味く感じるの?あ、不味いって思っちゃった。

「……」

 莉緒ちゃん⁉

 莉緒ちゃんはそんな顔しちゃダメ!

「…これが漢飯?」

 優太。良く言葉を絞り出した。でもやっぱり優太だね。違うから。これを漢飯って言っちゃったら、ネットにその言葉使って色々あげている人達に謝らないといけないから。全員に頭下げに周らないといけなくなっちゃうから。

「ただいまー」

 その時純ちゃんが帰ってきた。


「それでこれが出来上がったと?」

「はい。」

 俺は事の顛末てんまつを純ちゃんに話した。

「…漢飯ねぇ。」

 傷口に塩擦り込むのね。怒ってる?

「リンゴ、高級なやつ使ったのに、そんなに美味しくなかった。」

 優太。お前本当に間が悪いのな。このタイミングでそれ言っちゃうの?

 ていうか内緒にって言ったよね?

 忘れちゃったのかな?

「へぇ、高級なやつ買ったんだ。」

「いや、…リンゴだけね。」

 純ちゃん、顔怖いよ。

 純ちゃん、とりあえず怒りながらも料理を一口、口に運んだ。

「…何、これ?」

 吐き出しはしないが、間違いなく不味いという顔をしている。

「こんなの優太と莉緒に食べさせようとしたの?」

 いや、反省してます。ちょっと調子に乗りました。

「お父さん、贅沢しなくても良いもの作れるって、勉強になるぞって言ってた。」

 優太。そろそろ本当にやめようか。

「勉強?」

 純ちゃんが俺を睨みつける。

「…すみません。失敗しました。」

 俺はとりあえず謝った。何も言い訳が浮かんでこない。こんな時は素直に謝るに限る。

 しばらくすると、ふうっと息を吐いて、純ちゃんが言った。

「確かに勉強にはなるわね。」

 お、機嫌直ったか?

「上手く作れたら、ね?」

 そう言って純ちゃんは最後の睨みを俺に利かせてきた。



 次の休みの日、純ちゃんは同じ材料を買い集めてきた。大根の葉っぱの漬物については、純ちゃんは知らないようで、実家の母親に連絡したら、たまたま作ったものがあるからということで、俺が別行動で実家に取りに行ってきた。会社辞めたことで、説教始まったけど、まぁ今回は仕方ない。俺の失敗が招いたことだ。

 料理を始めようとしていた純ちゃんに、莉緒ちゃんが話しかける。

「お母さんがしゅき(好き)なのは?」

「ん?」

 そうか。そう言えば優太の好きな豚の生姜焼きに、莉緒ちゃんのリンゴサラダ、そして俺の大根の葉っぱの漬物。純ちゃんの好きなものだけがないな。

 ていうか、莉緒ちゃんなんて優しいの?

 そんな気遣いどこで覚えてきたの?

 生まれつき?

 そうだよね。莉緒ちゃんは天使だから、生まれつき優しいんだよねぇ!

 純ちゃんも察したようで、ちょっと考え込む。そして良いことを思いついたというように、戸棚からミカンの缶詰を取り出した。

「ミカンッ‼」

 莉緒ちゃんが声を上げて喜ぶ。

 あぁ、あの笑顔だ。やっぱり莉緒ちゃんは天使ってことで良いよね!

 莉緒ちゃんは天使で決定だよね!

 ……でも丼作るんだよな?丼にミカンの缶詰?

 …大丈夫、だよな?


「おーっ。」

 見事な丼だった。俺の作った料理とは似ても似つかない。

 一言で言うなら、まとまってる。

 茶色い豚の生姜焼き、白いリンゴサラダ、その中の所々に見えるオレンジはミカンだろう。そう言えばミカンの入ったサラダはたまに見かけるな。そして緑の大根の葉っぱの漬物。それらがバランス良く、ご飯の上に乗っかっている。

「美味しそう!」

 優太が声を上げる。

「おいちちょう(美味しそう)!」

 莉緒ちゃんも同様に声を上げる。

 良いよう、その笑顔♡

 やっぱり莉緒ちゃんはその顔だよね!

 まずは俺が代表して一口食べる。豚の生姜焼きだ。まぁ、これはいつもの生姜焼きだろう。

 ん?

 何だこの味は?いつもと同じ生姜焼きのはずだよな?

「ふふふ。気付いた?いつもと違うでしょ?」

 純ちゃんが面白そうにそう言った。

「多分わからないだろうから言っちゃうけど、砂糖の代わりに、ミカンの缶詰のシロップ使ったの。」

 なるほど。甘みが違うのか…確かにいつもの、肉と一緒に喉通って終わりっていう甘さじゃなくて、口の中に残るような甘さだ。

 そして鼻から抜けていく生姜の香り。これはいつもと一緒、なのか?

 とりあえずこの間の『口の中が生姜』とは全然違う。生姜が活かされてる。

 あと、先刻何気にディスったよね?

 俺の味オンチ、ディスったよね?

 次にサラダを口にする。

 シャリッ、プチッ、…

 おぉ、良い音。…そして歯応え。

 リンゴとミカンがサラダに合ってる。じゃがいももいつものやつだ。この間の茹で足りないじゃがいもを、何で歯応えがあって美味いはずなんて思ったんだろ?

 何かごめんなさい。

 いつものリンゴを噛んだ時だけに酸味を感じるのとは違って、ミカンがサラダ全体に酸味を利かせている感じがする。なのに、酸味が強くならず、バランスの取れた味がする。何でだろう?

 !そうか、タレだ!丼全体にかかっている生姜焼きのタレの甘さが、サラダの味のバランスを良くしているんだ。

 そう言えばお店で買った弁当のポテトサラダに、他のおかずのタレがかかっちゃってることあるけど、あれ意外と美味しいんだよな。

 最後は大根の葉っぱの漬物だ。まぁ実家から持ってきたやつだから…

 ポリポリ…

 そう。これこれ。この音とこの食感。懐かしい。

 しょっぱさも良い塩梅あんばいだ…

 …ん?

 そう言えば実家で食べる時は、鰹節と醤油で和えて食べていたよな。何で同じ味がするんだ?醤油はまぁタレがかかっているからだよな?

「もしかして、タレに鰹節も入ってる?」

「⁉」

 俺の言葉に、純ちゃんが心底驚いたという顔をする。

「良く気付いたわね。丼だし、やっぱり出汁だしを入れて旨味を強くした方が良いかと思って。漬物、鰹節を和えて食べてたって言ってたから、そのまま鰹節の出汁を使ったの。」

 なるほどね。

 !

 そうだ。先刻生姜の香りを感じた時に少し違和感があったのは、鰹節の香りが混ざっていたからか。

 ガツガツガツ…

 それぞれを堪能したところで、今度は丼らしく、全体をがっついた。

「美味しい…!」

 味の渋滞なんか全くない。それぞれの味がスイスイと喉を通っていく。

「莉緒ちゃんもシャリシャリ、ポリポリしゅるうっ(するうっ)!」

 莉緒ちゃんが眉根に皺を寄せて、可愛いスクワット運動で上下に揺れながら叫んだ。

 あぁ、やっぱり莉緒ちゃん可愛い♡

 でも何かあの顔見てると意地悪したくなっちゃうなぁ…

「どうしよう。あげようかな?やめとこうかなぁ?」

 益々眉根に皺を寄せて、上下に揺れるスピードが上がる莉緒ちゃん。

 何て可愛いんだろう!

 もうちょっと…

 バチーン!

 ……

 純ちゃんに後頭部を引っぱたかれた。

 まぁ、そうだよね。

「……すみません。」


「ふうっ。」

 いや、食った、食った。満腹。

 俺は後ろに両手をついて、その後右手でポンポンとお腹を叩いた。

「ふうっ。」

 ポンポン。

 優太が俺の真似をする。

「ううっ(ふうっ)。」

 ポンポン。

 続けて莉緒ちゃんも真似をする。

 ううって。何それ♡

 無茶苦茶可愛いじゃねぇか!

 莉緒ちゃん、それ他所よそでやっちゃダメだよう。みんな莉緒ちゃんのこと好きになっちゃうからねぇ。

 ん?好き⁉

 莉緒ちゃん、男の子と仲良くなんかしてたら、お父さん泣くからね!

 嘘じゃないからね‼

「…それはそうと、この丼って何丼?」

「……」

 俺が純ちゃんに尋ねると、純ちゃんは少し考えてこう答えた。

「豚の生姜焼き漬物サラダミカンの缶詰丼。」

「……」

 何でそんな満面の笑顔で言えるの?

 自信満々だね。

 昔からそうだったよね。言葉のセンスが見事に抜けてるよね。

 関西出身だよね?

 それとも今のはボケたの?

 関西特有のボケってやつ⁉

 どうツッコんで良いのかわからないよ、俺⁉

 ていうか、優太のあれは間違いなく純ちゃんの血だよね⁉

「…純ちゃん、言葉のセンスないよね。」

 あ、声に出ちゃった。

「あぁん⁉」

 あ、キレた。

「センスあるっちゅうねん!扇子屋で売れる程センスあるっちゅうねん‼」

 その昔っから、キレたら関西弁と一緒に微妙に言葉のセンス上げてくるのやめて。さらにツッコみ辛くなるから…

「こんなのは省略したら間違いないっちゅうねん!」

 あ。何か嫌な予感しかしない…

「だ(いこんのはっぱの)つ(けもの)(りんごの)さら(だ)ぶ(たのしょうがやき)(みかんの)か(んづめ)丼!」

「……」

 脱サラ部下丼って……

 わざと⁉

 それ絶対俺のことだよね⁉

「あ…」

 あ、じゃないよ、純ちゃん!

 悪意がないところが一番怖いよ!

 よく出てきたね、その言葉が⁉

「あ、学校で習った。脱サラって、会社を辞めることだよね?」

 優太、この流れも悪い予感しかしないよ…!

「お父さんみたいだね!」

 ニコッ!

 ニコッじゃないよ!

 優太、みたいじゃなくて、まさしくお父さんのことだよ…!

 ていうか、部下まで付いちゃってるからね!

 ピンポイントでお父さんのことだから‼

 あと学校で習ったって何⁉

 脱サラ習うって何の授業⁉


 …何かドッと疲れた。こういう時は…

 莉緒ちゃんに目を向ける。

 あ、純ちゃんとにらめっこ始めてる。先刻の純ちゃんの怒った顔は、そういうことじゃないんだけどね。

 でも、純ちゃんもどうやら怒りが治まったみたい。

 それに何、あの莉緒ちゃんの可愛い顔は⁉

 違う意味で絶対、微笑わらっちゃうよね?

 絶対負けちゃうよね?

 …何で純ちゃん続けられてるのっ⁉

「そうだ。莉緒ちゃんはこの丼、何て呼びたい?」

「…、…、」

 おう、おう、悩んでる、悩んでる。

 悩んでる顔も可愛いねぇ♡

 そして、ぱぁっと明るい笑顔を浮かべると、莉緒ちゃんが答えた。

「…かじょくちゅきちゅき(家族好き好き)丼!」

「……」

「……」

「……」

「ちょうでちゅねぇ♡かじょくちゅきちゅき丼でちゅよねぇ♡」

 とりあえず全員納得した空気が流れた。

「ははは。お父さん、高級のリンゴ買った時と同じ顔してるぅ。」

 え、優太?

「優太ぁ、この間言ってた高級リンゴって、お父さんどうして買ってくれたのぉ?」

 純ちゃん、言い方優しいけど、何かオーラまとってるよ!

 ていうか、優太⁉

 確かに先刻悪い予感した割には、パンチ力薄いなぁとは思ってたけど⁉

 終わってなかったの⁉

「最初は『贅沢はいけません』って言ってたけど、莉緒ちゃんが『欲ちぃ』って言ったら、『内緒だぞ』って買ってくれて、その後先刻みたいな顔してた。」

 …全部言っちゃった。

 内緒の意味わかる⁈

 それは学校で習わなかった⁈

 そして、良いこと教えたみたいなドヤ顔!

 この状況に合ってないからね!

 純ちゃんがこっちを向いた。

「あ…」

 純ちゃん、俺が莉緒ちゃん甘やかしたこと知った時のいつもの顔してる…!

「あ、ちゃうねん!あんたまた莉緒のこと甘やかしたんか⁈」

 純ちゃん、その顔怖いなんてもんじゃないから…!

 やめよう⁈

「何がかじょくちゅきちゅき丼や⁉かじ(ょく)ち(ゅき)ち(ゅき)丼で十分や‼」

 家事父丼⁉

 またディスり⁉

 ていうか、やっぱり微妙に言葉のセンス上げてきた!

 でも今度は悪意もたっぷり盛ってきてる‼

 優太、何でも良いからフォローして!

 俺は優太に救いの目を向けた。

 ニコッ!

 だからニコッじゃなくて!

 優太の笑顔もお父さん嫌いじゃないけど!

 今じゃないから‼

 そ、そうだ。こういう時は莉緒ちゃん!

 俺は続けて莉緒ちゃんに救いの目を向けた。

 ぷう。

 だから、純ちゃんの顔はにらめっこしてるわけじゃないから!

 …でもやっぱり可愛いね♡

 …じゃなくてぇ‼


 ……とりあえず、かじょくちゅきちゅき丼でーっ‼

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