第5話 求婚
「パパっ」
白い包帯も生々しいヴォルフに抱き着くと、ヴォルフは優しくジリアンを抱きとめた。
「無事でよかった。生きていてくれてよかった」
「心配させたね、ジリアン。悪かった」
髪が伸びて雰囲気が全く変わってしまった娘を抱き、ヴォルフはあやすようにただ髪を撫で続けた。
やがてジリアンが落ち着くと、カールの配下に襲われた後のことを話してくれる。
前々から彼を怪しんでいたレインたちが、交代で様子を見に来ていたらしい。襲撃はそのほんの小さな隙をついたものだった。
「どうして? パパが何か依頼していたの?」
おそらく違うことが分かっていながら、それでもそう聞かずにはいられないジリアンに、アラベラがニッと笑った。
「レインが自主的に動いたのよ。愛ね~」
そのからかうような口調に、レインが顔をしかめる。
その様子にジリアンは慌てた。
「ちょっと待って。アラベラはレインの恋人でしょう?」
一番新しくて、一番付き合いの長い恋人のはず。
そう訴えるジリアンに、アラベラはおかしそうに笑いつつも、
「私は大人の男が好きなの。こんな乳臭い男は嫌」
と一蹴する。
「乳臭いっておまえ」
唖然とするレインの顔が可愛くて、ジリアンは吹き出しそうになるのを懸命にこらえた。たしかに彼は牛乳ばかり飲んでるけど。
そこで、さっきからずっと気になっていた、彼ら自身のことを尋ねた。
「牙なき
顔をしかめていたレインは、ジリアンをそばに引き寄せ隣に座らせた。まるでそういしないと逃げるのではと思っているかのように、ジリアンの肩を抱き、手を優しく握りしめる。
「文字通りだよ。俺たちは吸血鬼と他の種族の混血だ」
そして口を開いてジリアンに見せる。確かに牙のようなものはなかった。
混血の経緯で、突然変異が表れることがある。
牙なき
「主君は文字通り、私の主って意味よ。恋人に見えてたのは、まあ、フリってやつね。この男、ヘタレだから」
「ヘタレ?」
「だーって女の子が大好きなくせに、本命にはてんで意気地がないのよ~。やっと自覚したのも結構遅かったし?」
「あーあー、黙れ、アラベラ」
「アラベラ、言わないでやれ」
レインの言葉よりも、ヴォルフの
(え、うそ。いつの間に……)
「じゃあ、血は吸わないの?」
横目で義父たちを気にしつつそう尋ねると、レインは「吸わない」と肩をすくめた。
「牛乳があればいい」
哺乳類の乳は血液と同じ成分らしく、色々飲んだ中でレインは牛乳が一番いいと結論付けたらしい。人と同じ食事もするが、牛乳は貴重な栄養源なのだそうだ。
しかも誰かの血を吸って配下にしたり、力を持つというのは迷信だと。
でもジリアンに髪を伸ばすよう言っていたのは、力が欲しいからでは。
そう考えて黙り込むジリアンの髪を手ですき、レインはため息をついた。
「本音を言うと、今のジリアンからは、酔いそうなぐらい甘い香りがする」
その言葉にギョッとして身を引くが、レインに引き寄せられてしまった。
「でも、髪を伸ばしてほしいと言ったのは、ヴォルフからそういう条件を受けたからだ」
「条件って?」
「ジリアンが髪を伸ばしてデートを承諾してくれたら、俺とのデートを許すって」
「ああ」
(私が絶対伸ばさないと思ってたから? それとも)
ちらりと義父を見れば、面白そうな顔でこちらの様子をうかがっている。それをどうとろうかと考えていると、レインが「ということで」とジリアンの注意を引いた。
「ジリアン、結婚しよう」
「うん……って、ええっ?」
デートのつもりで瞬間的に頷いてしまい、何を言われたか気づいてびっくりした。
「え、ちょっと待って。デートよね? 言い間違えないで」
心臓に悪すぎる!
「いいや、間違いじゃない。これ以上待つつもりもない。デートは結婚してからでもいいだろう。もう無理だ。今のジリアンを外に出すなんて、俺が絶対耐えられない」
耳まで赤くなったレインが一気にそう言うと、アラベラが耐えきれないとばかりに大笑いし、ヴォルフまでが肩を揺らした。
「主君~。ジリアンは自分が美女だって自覚がないのよ」
「だからだよ!」
レインはジリアンの頬を挟み、じっと目を覗き込んだ。その青い瞳に映る女がジリアンだとは信じられず、見知らぬ女性を見るように見つめ返すと、こつんと彼の額が当たった。
「あの、レイン?」
「うん」
「私、髪を切るよ?」
「絶対切らないで、もったいないから!」
見せたくないけど見せびらかしたいと言われ、次々出てくる彼の賛辞にジリアンはドキドキしながらうつむいた。
「結婚って、本気なの?」
「当たり前だ」
きっぱりと言い切られて顔を上げると、やっぱり彼の瞳には自分しか映っていないことに、ジリアンは小さく微笑んだ。
ほんの半日前まで、たった一度、少しの時間だけ彼とデートできたらと夢見ていたのに。
「ねえ、レイン。もうほかの女の子とはデートしない?」
「もう何年もしてないよ。ジリアンじゃないと嫌だって気づいてから、誰とデートしてもつまらなかった」
そして彼は大きく息を吐くと「ヘタレじゃない」と小さく呟き、大きな秘密を打ち明けるようにゆっくりと口を開いた。
「愛してるよ、ジリアン。短い髪も嫌いじゃないけど、今のほうがより君らしいと俺は思うんだ」
「ありがとう」
彼の言うとおりだ。
ずっと髪を伸ばしたかった。逃げることばかり考えず、大切な人を抱きしめたかった。
「私もあなたが好き。ずっと前から愛してた」
気づいていたでしょう?
「じゃあ……」
「ええ。結婚したら、デートをたくさんしてね」
ジリアンが微笑むと、ごくりと喉を鳴らしたレインが「やった!」と叫ぶ。
「ああ、もちろんだ」
そして数か月後――。
小さなコーヒーショップが花で飾られる。
そこでジリアンとレイン、それからヴォルフとアラベラの結婚式が行われた。
Fin
黒バラの花嫁と闇を照らす漆黒の王 相内充希 @mituki_aiuchi
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