画竜点睛を欠く

oxygendes

第1話

 お姉ちゃんはお菓子を作るのが得意で、毎週末、何かしら作っている。フツーじゃないのは計量カップやはかりを使わないこと。計量スプーンだって縁の上をすり切ったりしない。続けざまに掬ってボールにいれる。何杯か数えているかどうかも怪しいし、そもそも作っている間はレシピをまったく見ない。


 それでいてケーキはふっくらと膨らむし、プリンはなめらかに出来あがる。生地のてかり具合や泡立て器の手応えでうまくできているかどうかがわかるんだって。天性の才能と言っていいと思う。


 今作っているのはエクレア。小麦粉とバターを混ぜてチンしたタネに卵黄を少しずつ加えてかき混ぜている。ぽってりとしてきたところで、満足そうに手を止めた。オーブンの鉄板の上に絞り出し、霧吹きで湿らせてから焼き始める。

 お姉ちゃんはオーブンに背を向けてカスタードに取りかかった。見なくても音や匂いで焼け具合がわかるらしい。横から覗きこむと、タネは一度表面がすべすべになった後むくむくと膨らみだし、カリフラワーみたいなもこもこした形に焼き上がった。お姉ちゃんは絞り袋に詰めたカスタードをシューに注入し、湯せんしたチョコレートで上からコーティングする。そうして、見た目も可愛いエクレアの出来あがり。


 お相伴にあずかって美味しくいただきました。でも、チョコレートが甘さ控えめなのがちょっと物足りなかった。そう言ったら、

「お子さまにはわからないだろうけど、甘いばかりじゃダメなのよ。でも、もう少しだけ甘くしてみようかしら」

って言われた。最上のエクレアを目指して試行錯誤しているらしい。

 今日のも十分おいしいと思ったので、感想をネットに上げることにした。写真を撮って、コメントを入力する。

『さくさくのかわとなめらかなかすたーどがおいしい』

  くにっ

「サクサクの皮となめらかなカスタードがおいしい」


『おねえちゃんのえくれあです』

  くにっ

「お姉ちゃんのエクレアです」

 少し考えて、一行追加することにした。

『ちょこがあまくないのが、がりゅうてんせいをかくってところかな』

  くにっ

「チョコが甘くないのが…… 」

 ちらりと画面を見て送信、ネットに上げた。


 アップしたものをお姉ちゃんに見せたら、急に怒り出した。

「おいしいって食べてたじゃない。どう言うことよ」

 びっくりして画面を見ると……、

『チョコが甘くないのが残念、我流天性を欠くってところかな』

 なに、これっ? あたしこんなことは書いてない。どうして……。でも、文字を見つめているうちに原因がわかった。

「ごめんなさい、誤変換なの。『がりゅうてんせいをかく』って言うでしょ。ほとんど完璧だけど少しだけ足らない部分があるって……」

 お姉ちゃんはあたしをたっぷり三分間は睨みつけた後、口を開いた。

「あのね、それは『がりょう』と読むのよ」

 穏やかな口調だけど、目は怒ったままだった。あたしはその場でコメントを修正した。


 次の日、お姉ちゃんは同じようにしてエクレアを作ったんだけど、それはあたしの口には入らなかった。きれいにラッピングして、どこかへ持って行ったみたい。

 後で、甘さを変えたのって聞いたら、

「甘いだけの女だなんて思われたくないのよ」

って言っていた。でも、そういうのって甘々だと思う。


          終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

画竜点睛を欠く oxygendes @oxygendes

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ